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僕がはじめて天河神社に伺ったのは熊野、吉野一帯が世界遺産となった2004年のことでした。
10月の観月祭で御奉納をさせていただきました。
霊山大峯の緑深い山懐にいだかれた天河神社は、修験道の開祖・役行者や空海も
修行された天武天皇の御代より聖域として崇められてきた場所です。 
天河、吉野、熊野は古くから神仏習合の地です。
熊野本宮大社、吉野の金峰山寺においてもご縁をいただき
御奉納をさせていただくことができました。
2008年に御遷宮20年を迎えられた天河神社では、
この今の世界の状況を鑑みて、本来は60年に一度しか御開帳されることのない秘仏
日輪大辨財天女神が特別開帳されました。
辨財天は川の流れの妙なる様を神格化したとされる
古代インドのサラスヴァティー神であり、その本来の神徳は水の神です。
水せせらぎの如く素直で妙なる弁舌や音楽の神であり、
日本の古代より行われてきた水神の信仰とも結びついています。
僕が使わせていただいている五十鈴(いすず)は、
天河大辨財天に古来より伝わる独自の神器で、
天照大御神が天岩屋戸にこもられたとき、
天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、ちまきの矛(神代鈴をつけた矛)をもって
岩屋戸の前にて舞を舞われ、神の御神力と御稜威をこい願われたことによって岩屋戸が開かれ、
天地とともに明るく照りかがやいたという伝承に登場する
天宇受売命が使用した神代鈴と同様のものであると伝えられています。
五十鈴は 2008年の秘仏 日輪大辨財天女神が特別開帳の時に授かったものです。

この五十鈴の特徴的な三つの球形の鈴は、それぞれ、
●「いくむすび」
●「たるむすび」
●「たまずめむすび」
という魂の進化にとって重要な三つの魂の状態(みむすびの精神)をあらわしているといわれています。
また この三位一体の根本理念は古事記の最初に登場する
最初の神様天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
高御産巣日神(たかみむすひのかみ)神産巣日神(かみむすひのかみ)の働きとなるとも伝えられています。
2008年の遷宮20年の記念の大祭では、天宮おおいちょうのメンバーとして御奉納をさせていただきました。

御奉納を行わせていただく日の早朝、 本殿に向かい合う能舞台の上で経験したことは今でもはっきりと覚えています。
〜時刻は午前3時30分。宿は天河神社からすぐの民宿でした。
シャキッと目覚めた僕は天河神社の能舞台に行ってみることにしました。
まだ周りは真っ暗。人は誰もいません。
神殿と能舞台には少しの明かり、、、
僕は白足袋を履き舞台で瞑想させていただくことにしました。
能舞台の真向かいは神殿です。
今日、20年ぶりにその姿をお見せになる日輪大辧財天さまもおられます。
真夜中のしんとした静けさ、朝にはない空気、霊気が満ち溢れていました。
目を閉じ坐っているとブーンと蚊が飛んできました。
しばらく気になっていましたが、僕は意識を神殿に向けました。
そして、僕は明日この場でどのように行えばいいのかを問うていました、、、
考えても答えなど出てはきませんでした。
僕は辧財天さま(サラスバティ)のご真言
〜オンソラソバティエイソワカ(オンサラスバティソワカ)〜
をひたすら口にして唱えていました。
何百、何千?どのくらい唱えていたのでしょうか、、、
突然、あたたかくなったのです。
体ではなく、内側の心、魂が、、、、体の中で太陽が輝き出したようなあたたかさでした。
真言を唱えながら涙がこぼれてきました、、、安らぎ、和らぎ、優しさ、包容、愛、、、
とてつもないエネルギーが僕の体の奥で充満しました。
辧財天さまは本当にいた!!!おられるんだと感じました!!
ありとあらゆる女神さま、観音さま、天照大神、マリアさま、、、が一体となったような
おおいなる母に抱かれているような想いがしたのです。
神さまとは、聖なる存在のエネルギーとは僕らの外側にあるものではなく、
心の周波数を合わせた時に、自らの中に瞬間、立ち現れてくださるのかもしれない、、、
そして、、、こういう言葉が心に流れました、、、
何もしなくていいのです、、、余計なことは考えなくても大丈夫。大丈夫と、、、
素顔の魂そのもので、ただあればいい、、、
僕の中で何かがあの瞬間に完全に開きました。
扉が開いたのです。
今こうして書いていてもはっきりとあの感覚は思い出すことが出来ます。
僕の中に刻まれているのです。
こんな体験は初めてでした。
天河という場所の御神気を実感することが出来た神秘的な時間でした。
僕はまだ覚めやらぬ興奮の中、鳥居をくぐりありがとうございましたと深く拝をしました。

頭を上げたその瞬間、ホゥホゥホゥと声がしました!
そしてもう一度ホゥホゥホゥ。
梟(フクロウ)でした。
フクロウは神の化身であるとも言われています。
僕たち人間には本来様々なことを察知し、交信出来る能力がソフトが入っていて、
あるとき、すべてのタイミングがあった時にそのソフトが立ち上がり動きだし、
自然の中の存在として、様々な存在と交信が出来るのではと感じました。
本当に特別な 神さまの存在を見えない世界を現実に感じられた時間でした。
KNOB拝
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