開門式
| 2004年11月3日。雪堂美術館が開館しました。
午前9時から 開門式が執り行なわれました。 スーツ姿でばっちり決まった雪堂先生と 建築をされた太田新之介さんから贈られた着物を着られ人力車で登場された奥様芝雪先生。 このことを知らなかった雪堂先生はびっくりしながらも うれしそうに目に涙を浮かべていました。 御来賓に参議院議員前国家公安委員長の 小野清子先生 , 町田デザイン専門学校校長の 横山武人先生 新経営研究会代表の 松尾隆先生を迎えて 開門式は始まりました。 斎主 太田新之介さんにより お祓い 祝詞があげられ 水引き結びきりを 館長 雪堂先生が行いました。 そして 僕が初めて目にした 開門奏上 浄められた竹を持った 新之介さんが 「千歳楽 萬歳楽 永々棟 開門」と発声され その間合計7回 打ち付けられました。 初めてみる 日本の伝統的な建築の儀式に 震えるような感動をおぼえました。 木で地面を打つのは 天と地を繋ぐ、大地に祈りを伝えるという意味があるそうです。 そして 館長夫妻により 門は開けられました。 清清しい檜の門をくぐると、今までの様々なことが頭の中を駆け巡りました。 先生が御近所に迷惑にならないようにと 最小人数で行われた開門式の後は美術館の中で沢山の御来賓の方々を迎えての 開館式が開かれました。 雪堂先生御夫妻や 御来賓の皆様 美術館設立を支えてきた建設委員 新之介さん ひとりひとりの思いのこもった言葉 ひとつひとつが心に染みました。 建設委員の若い仲間を代表して 僕が演奏する番となりました。 演奏前に話すことを決めていたのですが、おめでとうございますと先生と目が合った瞬間に誰よりも きっとこの日を望み 志し半ばにして亡くなられた先生の御子息 ひとしさんのことが 僕の心の中にいっぱいに思い出されました。 絶対に喜んでくれてるだろうな。 きっと 今日もどこかで見守ってくれてるだろうな。 そんなことを思ったら涙が出てきて しゃべることが出来なくなってしまい、一言話して、すぐにディジュリドゥに口をつけました。 何も考えず ただ雪堂先生 芝雪先生 今回の設立に御尽力を承ったひとりひとり 雪堂先生と共に歩んでこられた書藝新潮社の先輩方 そして ひとしさんに吹こうと思った。 いろんなことが思い出された いろんな人の笑顔が浮かんだ。 あふれる鼻水をすすりながら 泣きながらディジュリドゥを吹いた。 こんなことは きっと 今後もないだろうと思う。そして こんなにうれしいことは生まれて初めてだった。 本当に本当に 開館できたことを心から喜ばれている先生。おめでとうございました。 御協力いただいた すべての方に心から感謝いたします。 これからが また新たなスタートです。 ひとりでも多くの方が この美術館に 小野田雪堂という人間に繋がっていくように 頑張っていきたいと思います。 開館準備の時 新しく出版された一字千金のサイン会は 先生が おつかれになるから止めましょうとの意見の中 「僕はやるよ。倒れるまでやるんだ。みんながこんなに頑張ってくれたんだから」 と先生は笑顔でおっしゃいました。 開館初日 沢山の方にサインをされる先生 名前とサインを書いていただきうれしそうにされる方々。 こんなふうに 幸せが 笑顔が生まれる美術館に関われている今を本当に幸せに思います。 この今をありがとうございます。 |
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