靖国神社に行きました



先日、僕の師に戦争時の話を伺った。

先生はわずか13歳で軍に入り、厳しい情勢の中、いかに美しく死んでいくか

という答えが出なくて、答えを求めて近くのお寺の住職に伺いに行った。

そこでただ書きなさいと言われ、住職と共に筆を持ち、書き始めた。

これが小野田雪堂が書と向き合う始まりだった。

特攻隊に志願し、遺書も書かれた。

若き日を共に笑い、泣いた仲間は散って行かれた。

僕は先生に伺った。靖国神社ってどんなところですか?

僕はまだ行ったことがなかった。

先生はゆっくり座り直すと、一度行ってみるといいよ。宗教的なことだけで、語れるような

場所ではないと思うと静かに言われた。

次の日。僕は靖国神社にいた。

ニュース、新聞、、、様々なところで繰り広げられる靖国神社についてのこと。

僕は心を真っ白にした。僕が何を感じるか、ただそれだけでいい。

鳥居をくぐり、手水し、神殿に、、、僕は宗教的に束縛を持っていない。

神社に来たら、神社の礼儀で、お寺ではお寺の、、教会ではそこの礼儀で祈ることにして

いるんだ。

僕の中で大切なことは形ではなく、本質。

愛を日本語で言おうがLoveと言おうが僕の中にある思いは変わらない。それと同じなんだ

2拝、2拍、1拝し、心の底から平和を祈った。その後遊就館に向かった。

戦争時の人々からのメッセージがあった。耳を澄まし、心に映るものを大切にしようと思った。

あの当時の戦争が侵略であった、自衛であった、、、戦争は一人でやるわけではない。

国が変われば、歴史、宗教観、、、が違えば価値観も違うと思う。

僕は戦争に正義などないと思っている。勝てば英雄、負けたら、犯罪者。

人を殺さなくてはいけない、いつ自分が死んでいくかわからない。

どの国の人もまともな精神の状態ではなかったと思う。

今は亡きただ一人一人を感じたかった様々なものが目の前にあった。

そこから感じたのは宗教でも、戦争を正当化するでもなかった。純粋な人間の心を感じた。

自分の幼き娘へと綴った遺書に娘さんへの深い愛を伝え、いつかあなたが父はどんな人だ

ったか知りたくなったら、この手紙を読んでください。そして靖国に来てみてください。

あなたをずっと見守っているんだと感じると思いますとの言葉。心からここで会えることを願

った人たちの思い。右でも左でもなく先人達が守りたかった日本を大切に平和を愛していたの

に戦わざろうえなかった状況を痛いほどに感じた。

古川中尉という 特攻隊長の方がわずか22歳で 出撃一週間前 甥に宛てた言葉に僕は涙が止

まらなかった。それをそのまま書きます。

-お互いに人を愛し人を信頼してゆくならこんなしあわせはありません。世界中の人間が協力し

愛しあって生活すればどんなことだってできると思います。そんな世界はどんなに幸福なことで

しょうか- 

そして出発の朝の言葉。

-我はこの上もなく平和を愛する也、平和を愛するが故に戦いの切実を知る也、戦争を

憎むが故に戦争に参加せんとする我ら若きものの純真の気持を知る人の多きことを祈る。

22年の生、只感謝の一言に書く、すべては自然のままに動く、全ては必然也- 

僕は手を合わせた。平和をどれだけ切望していたんだろう。

今、ぼくらが過ごすあたりまえの時間をどれほど願ったことだろう、、、

日本だけじゃない、過去に今も流れている涙、血のために僕は今の楽器を通して祈るこ

とを誓った。今、自分の中にある豊かさを示していきたい。

今、今、今、あたりまえに笑い合える奇跡を喜び合える奇跡を感謝を胸に生きていくこと、

小さなところから平和を作って守っていくことこそ先人に対する僕の供養だと強く強く感じた。

地球を思うから、宇宙を思うから、僕にとっては、僕が住むこの場所で日本で起きたこと、

先人が何を感じ、何を思ったのかを知ることが大事だって思うんだ。

そして日本人の中の個人、一人一人に思いをはせて行くと、他の国の一人一人のことを

思うようになるって信じているんだ。

僕は平和を愛するからこそ、願うから、またここに来ようと思った。

帰り際、大きな鳥居の上には3羽の真っ白な鳩が羽根を休めていた。

平和を願って、祈っているように見えた。

かけがえのない今日がどうか平和でありますように、、、



                                                  合掌。           KNOB(中村亘利)拝。
 


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