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わびさびってどんなこと?
木は宇宙だ。 木の中に宇宙があるって言ったほうがいいのかな? ディジュリドゥを吹くたびに感じるもの。 空洞に潜む満ちあふれる生命力、アリが食い尽した枯木は普通に見たら死んでいるって思うだろう。 でも違うんだ。 これだけは経験から言える。 社寺や茶室など木の建築を手掛ける建築家、太田新之介さんと話していると、なおさらそれを強く感じる。 1500年もの長い時間生きた木を建築に使う。 東大寺に使われていた檜は改築時、削ってみると、瑞瑞しい香を放ったそうだ。木は形を変えて生き続けている。 新之介さんは木を切る時、抱き締め祈りを捧げるそうだ。 そして必ず木が生きた年数はもつ建物を作ることを誓うそうだ。 新之介さんには感銘を受ける。 社寺の建築を手掛けるために全国を見て細部まで調査し、精神修行をする。茶や能を徹底的に体験して、 そこから生まれたものを新しく築いていく。伝統や技術を継承するだけではないんだ。 新之介さんがよく言うのは伝統は最先端だってこと。 先人の偉大な知識、精神を最大限に生かし、今の時代に作り出す。 将来300年500年後、確実に残るもの、それは賞や人の評価ではなく建物そのもの。 今、書やら音楽でもルーツは中国だけど日本独自の色や精神を持つものが多い。 遥か未来にディジュリドゥだってルーツはアボリジニの人々だけど、日本の文化の一部になっていたって 全然おかしなことじゃない。 だからこそアボリジニの人々の心を大切に自分自身のアイデンティティを大切にしなきゃなって思うんだ。 北鎌倉、雪堂美術館に出来た雪堂門。 これは新之介さんが小野田雪堂の書を形にした自分の集大成だと語っていたんだ。 のぶさん、雪堂の書にはわびさびがあるんだよ。わびさびっていうのは枯れているなんてことじゃないんだよ。 慎ましく、おごらない。そしてそこに瑞瑞しい生気をはらんでいるさまを言うんだよ。 あんな書家が人間が今、生きていること。触れられることはすごいことなんだって、熱く語ってくれたんだ。 先生の前じゃこんなこと言えないなぁ、なんて笑いながら。 素敵な人々に囲まれて本当に幸せに思うのと同時に真剣に向き合って、吸収して自分をせいいっぱい生きて 次の世代に何かを残せたらいいなって思うんだ。 ワビサビいいなぁ。 目指していこう!
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