アボリジニの世界と能の世界

 

アボリジニの人々の音の世界に近いものを感じるのが、能の世界です。
どこが?何が?近いように感じるかと言うと、、、
‐あの世‐のことの世界が芯となっていることです。
このブログの中でも度々書かせていただいていますが、アボリジニの
人々にとって、ドリームタイムと呼ばれる神話の時代は遥か昔のかけ
離れたおとぎ話しではなく、今この瞬間にも、儀式や音楽、歌などを通
して‐現れてくる‐世界です。
一方、能。橋掛り(はしがかり)は、この世とあの世、天と地など異空間を
繋ぐ場だ。つまり舞台では、神々や精霊など魂の世界が繰り広げられ
ている。

世界の演劇の中でも能のようなものは希だそうだ。
そして、見者の側も、舞台を見るために、自分を高めていく。
ストーリーや美しい言葉など、何も知らないより感じるものが深くなる。
徹底的にシンプルになった動き、その型の向こう側にあるものを感じ取
れるか、表現できるか、すさまじい交流が静寂の中にある。
静寂だけではない。
鼓や能管、謡の交響曲、時に激しいセッション。
演目によっては、ビジュアル系のバンドもかなわないほどの過激な姿の
般若。荒ぶるものも清らかなものも同じ心から生まれてくる、、、

僕は能の世界が好きだ。ご縁があり、シテ方(主役)を演じられた方から
話しを伺った時にこんな話しをされていた、、、
?能面をつけると見える視野が狭くなるって言われていますね。
ところが、いい面をつけ、面と心まで一体になれると、面をつけて
いない時と同じように見えるんです。?
またこんな話しも伺いました。
ある能の伝統あるお家で、この演目をやると火事が出るとの伝承があるの
で、やってはいけないという演目があった。迷信だと信じない者が演じてし
まったら本当に火事になったと、、、

アボリジニの世界も能の世界も目には見えない世界が背後にあります。
ストーリーや型は勉強をすればわかる、それを越えた見えない世界、心を
感じるには、、、それは子供にも、僕たちひとりひとりの中にもあるものでは
ないでしょうか?
演劇を見るというより、自分自身と向き合うというのが能から感じる世界で
す。
そんな能が演じ続けられてきた場でのディジュリドゥの響きは、見えない世
界と僕を繋げてくれる気がしています。


合掌。KNOB拝

 

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