馬はすべてを知っている

 

騎馬オペラの日本公演を観た。

会場に入ると寺院のような香の中響くギュートゥの僧たちの声明、五体投地で祈る人々、

僧の祈りに敬意を表して拍手はない。

瞬時に異空間へと連れ出されたようだ。

センターに現れた馬達、

何かとコンタクトをとっているようにじっと立つその高貴な姿にのっけから涙がこぼれそうになった。

この演目を順に追っていくと解説になってしまうので、僕が感じたことを書くと、

馬に乗っている仮面をつけた人々はまるで精霊のようだった。

見えてはいけないものを見ているような気がした。

馬はまるで神々と遊ぶように舞う。

場面場面で感じた、宇宙をつかさどる二つのエネルギー陰と陽、

もがくような葛藤からバランスのとれた力まない心、破壊と創造、、、

それらを繋ぎ導くように響く声明やディジュリドゥの音色。

ここに出演した馬たちはこの台本を読んで、これは僕たち馬があたりまえに自然の中で見えている世界。

これが多くの人間に伝えられるなら出演してみよう。

そんなことを馬自身が思って喜んで出演している気がした。

すべてをわかっている高貴な眼差、姿勢だった。

神遊びのように走り踊った馬たちが神を送り素の姿に戻る。

一頭の馬が鐘をならしながら他の馬たちを率いてきた。

その後リーダー馬は放尿をした。神との時間は終ったというように、、、

その後客席から、様々な姿(ネクタイをしたサラリーマン風、、)が現れ服を裏表に着る、民族衣装のような姿になり、

馬に寄り添い、風を感じその中で最大限の自分の個性を表す。

都会から自然に目覚めはじめた現代の僕らのよう。

祈りのような素晴らしい唄があり、そこに人が何かを求めるように集まり、体を横たえる。

スクリーンに映る人間が寝てみる夢の中のような映像、輪廻転生さえ感じる。

映像の中で空から白い紙が雨のように降ってきた。

僧たちの声明が響く中、まるで夢が現実と実は繋がっているんだ!というが如く

ステージに寝ている人々の上に同じ白い紙が降りつもる。

答えはすぐそば、己の中に在る。そんなメッセージさえ感じた。

寝て夢みている時にもヒントや答えがあり、夢みる未来がビジョンとして見えたら現実になりえる、

見えるから信じるんじゃなく信じれば見えるんだっていうことを気付かせてくれるラストだった。

本当に深い深いものが詰まった、魂の祈りのエンターティメントだった。

商業演劇とはまるで違う、今の時代の僕ら人間に必要なメッセージだった。

心底感動した。本当に素晴らしかった。

この素晴らしい馬たちの鞍を作ったエルメスに職人魂を感じた。

ブランドにしろなんにしろ、そこの奥深くに流れる魂、

それこそが最も大切で職種を越え、人種、命の種さえ越え分かち合うことができるかけがえのないものだと思った。

あらためてディジュリドゥの持つ神秘性にも脱帽した。

ますます人間として精進していきます。

ありがとう。ジンガロのみなさん。

 

                 合掌。  KNOB拝


 


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