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ダライラマの砂マンダラとジャルー
この7月の体験は僕の心の中にいつまでも残っていくだろう。 ダライラマ法王生誕70年祝賀イベント出演、砂マンダラ製作、 そして、アボリジニの長老で地球最高のイダキ(ディジュリドゥ)奏者、ジャルーの来日。 戦後60年であり、いつ巨大地震が起きてもおかしくないと言われている東京で 最高の祈りの儀式が行われることは本当に意味のあることだと思った。 そしてこの二つの偉大なプロジェクトに少しでも関われたことを嬉しく思います。 地球交響曲の上映会の演奏を聞いていただき、前夜祭に声をかけてくださった龍村仁監督、ゆかりさん。 イベントの当日、会場で共演する素晴らしい魂の打楽器奏者、奈良祐之さんと話していたら、 龍村監督が゛KNOBさん!ギュトの4人お坊さんの中にノブさんがいたよ!゛と素敵な笑顔でお坊さんのノブさんを紹介してくださった。 なんと年齢まで同じでした!握手した時のノブさんの深い瞳が今だに忘れられない。 何かが起きる予感がしてワクワクした。 このノブさんは正式にはノルブさん、観世音菩薩(今回製作される砂マンダラの中心)を守る4つの聖なるもののひとつで 宝を意味するということだった。ノルブ素敵な響きだ。 その日のイベントでの奈良さんとの20分近くのセッションは不思議な体験だった。 最初はダライラマ法王の生誕を祝いチベットの平和を祈りたくて、ディジュリドゥで般若心経を唱えた。 奈良さんの奏でる音は風であり、水であり、自然そのものだった。 まるで自然の中で地球と演奏しているような安心があった。 僕は魂のすべて、思いのすべてを呼吸に音に乗せた。 沢山の方の拍手に心が暖かくなった。奈良さんと握手をした。心が通いあえた。歓喜の時間だった。 イベントの最後にカタと言われる布をかけていただいた時には思わず涙がこぼれそうになった。 明日からいよいよ砂マンダラ製作が始まるんだ!凄いことが起きる!予感がした。 砂マンダラ製作の模様はフォトグラフの中で見られますが、一粒一粒の砂がふさわしい場所に落とされ聖なる形となる様は、 宇宙の創成を見ているようだった。 祈りの声明やマンダラ。本来、音楽や芸術は神と繋がるために捧げていたんだということをあらためて思い知らされた。 3日にはイダキの神様ジャルーの公演が行われた。 気の遠くなるほど長い時間受け継がれてきた、伝統、祈りの音。 一瞬一瞬を祈るように挑むように息を魂を吹き込む力強いジャルーの瞳の奥に深い深いものを感じた。 アボリジニの人々もチベットの人々も悲しい悲しい体験を心の中に潜めている。 被害者なのに相手を憎むどころか許し、そんな敵と思える相手にさえ祈る。 ジャルーの言葉「互いに尊重しあう心をもって、ヨルング(北東アーネムランドに住むアボリジニの人々)も バランダ(アボリジニ以外の人々)も日本人もみな一緒になる、それが私の理想だ」 ダライラマ法王の言葉、多様性を認め合うんだ。というメッセージと同じだ。 僕はアボリジニでもチベット人でもない。日本に生まれた日本人。 住んでいる国の名前は違うけど、同じ地球に住む地球人。 ジャルーやダライラマ法王が自分の生まれた場所の文化や歴史を大切に守って伝承していくように、 僕は日本の先人たちが大切にしてきたことを守っていきたい。 国も言葉も違っても必ず分かち合える心、魂があるんだと信じられる。 行動し続けていくことをあらためて心に誓った。 砂マンダラは9日間かけて完成した。出来上がったマンダラ宇宙の美しさに息を飲んだ。 くしゃみをしてしまえば壊れ吹き飛んでしまう距離で間近に見られることの凄さ、意味を実感した。 祈りの声明の後は一瞬のためらいもないまま、あっけなく壊され、もとの砂へと戻っていった。 見た目はあれほどの芸術品がただの砂に姿を変えたようだけど、砂の中には記憶がある、 様々な神さまが存在したスピリットがそこには残っていた、ただの砂の中に潜む、とてつもないもの、 真理はアボリジニのドリーミングそのものを感じたし、般若心経の色即是空、空即是色そのものだった。 心底感動して涙があふれた。 砂の一部がお坊さんから、会場にいた人々に少しずつ封筒に入れて分けて渡された。僕もいただいた。 砂は少し食べ、第三の目と言われるチャクラに着けると浄化と祝福があるんだと龍村監督が言われた。 みんなでバスで砂を流す儀式がある墨田川に向かった。戦争の記憶が残る川に祈りの砂が還された。 今でも切実な状況のチベット、今回来日された僧のみなさんも命からがら亡命してきた方々。 自分たちが未だ大変な状況なのに、戦争で亡くなられた日本人のため、最大の祈りと慈悲の心を捧げる姿。 人種も国境もなくただ命を敬い思いやる心は深く僕の心に刻まれた。儀式が終ったあと穏やかな川を眺めていた。 前日はまるで、禊ぐような激しい雨だった。 僕もあらためて、亡くなっていった人々に祈りを捧げようと思い、いただいた砂を還そうと思った。 封筒の中の砂を見ると美しくて、砂を手放すことがもったいない、そんなふうに思ってしまい躊躇してしまった。 深呼吸しながら砂マンダラの意味を考えた、形や物じゃなく、所有することじゃなくその向こうにもっと大切な本質があるんだ。 龍村監督が言っていたように僕は砂を少し食べて、眉間に着け、川に還し、心から祈った。爽やかな気分だった。 砂マンダラの儀式の意味に少しだけ近付けた気がした。最後に清められた墨田川の水で台座を清める儀式が行われた。 深く呼吸しながら声明を聞いていたら、心臓がバクバクバクバクした。 僕の体の一部となった砂が反応しているようだった。怖くはなかった。 そのあと、とてつもない幸福感に包まれれた。 美しい砂マンダラは姿を消したけど、ぼくら一人一人の魂の中に永遠にマンダラは刻まれたんだ。 なんといったらいいのかわからない、感謝の気持が生まれた。 すべての人と排除するのではなく、分かち合って生きていきたいと思った。 最後にマンダラが完成した日は前夜祭を仕切ったお世話になっている青樹さんの45歳の誕生日でもあった。 前日、龍村監督に゛明日、僕誕生日なんですよ!砂と一緒に隅田川に流れちゃいそうです゛なんて言っていた。 本当に流れちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしたけど、思い止まってくれて、ありがとう。青樹さん(笑) さあ、また一歩一歩、歩んでいこう!笑顔で行こう! レントゲン撮ったらマンダラ写るかな?(笑) ダライラマ事務所の方々、龍村監督、ゆかりさん、久保さん始めボランティアのみなさん、 山川さん、奈良さん、相田みつを美術館のみなさん。 そしてギュト寺院の僧のみなさん。 ジャルーファミリー。来日を支えたディンカムの上野さん、スタッフのみなさん、、、 すべての人に心から、ありがとう。ありがとう。ありがとう。
合掌。 KNOB拝。 砂曼荼羅制作の写真はこちら
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