| 北斎‐HOKUSAI |
【CD観音について -KNOB-】
| 僕は北斎-HOKUSAI-が大好きです。もちろん浮世絵もですが、特に肉筆画。
90歳で亡くなるまで、変幻自在に名を変え作風を変えていった。 自分らしさなんてことに甘んじることなく挑み続けた。 2005年5月に始まったCDの企画。ある会社からとにかくKNOBに好きに作って ほしいとの嬉しい依頼だった。 僕が以前から作りたいと思っていたこと。〔絵の世界を音にする〕音を観る、、 、タイトルは‐観音‐に決めた。そして、僕が日頃から交流のある7人のアーティ ストたちに声をかけた。 始めは、北斎をふくめ、ダリやゴッホ、ピカソ、モネ、、沢山のアーティストの絵 を集めて美術館のような音に!と考えていた。 尺八、鼓、和太鼓といった日本の楽器に加え、インドのシタール、タブラに口琴 にホーメイ、それにカリンバにディジュリドゥ。これと絵を決めずにまずは音を録 音していった。 何パターンかを録音し終った時、何故かすべてに日本の香が感じられた。 北斎でいこう!そう決めた。 録音が終ったあとは一枚一枚の絵を決めた。9枚の北斎のいのちを音に! 編集作業はまるで、ストーリーを作るような映像編集のようだった。 不思議な出会いも沢山あった。小布施の北斎館館長に快諾していただき、CD ジャケットにも作品が使えるようになった。 中で僕は3曲ディジュリドゥを吹いているが、今回は‐恒仁‐という名でディレク ションをする作業がほとんどだった。刺激的な作業だった。北斎は倍音が好き だったんじゃないのかな。目に見える景色に潜む、倍音のような、何かが触れ 合って、出会って生まれ出るような一見、見えない世界、自然界、人間、動物、 植物、、、神獣の世界の本質までもがが北斎には見えて感じられていたんじゃ ないかなって思えてしょうがなかった。日本にはこんな偉大な先人がいたこと。 同じ大地に生きていたこと。そして北斎はいまだに絵の中で生きていること。 そのことに感謝しながら、語り合うように製作したのが-観音-です。
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【観音収録曲紹介】
| 一、元祖東都歌舞伎大芝居之図
二、下野黒髪山きりふりの滝 三、達磨のにらめっこ第十二編 四、神奈川沖波裏 五、富士越龍 六、塩鮭と鼠 七、見立三番叟 八、大人遊びの百面相第十編 九、弘法大師修法図
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【北斎 ー言霊よりー2006年3月】
| 日々の感動に少し書きましたが、小布施の北斎館に野沢温泉に向かう途中、小布施を通ったので 迷わず立ち寄りました。 まずはCD.観音にコメントをいただいた館長 八城さんを訪ね自己紹介をすると、なんと今まで観音に 書いたコメントを見ていたとのこと。 あまりのタイミングの良さに驚きとこの選択が正しかったんだとワクワクしました。 ここで出会った北斎の肉筆画の数々には震えました。北斎がそこにいるとしか思えない瞬間が何度 もありました。 神々しいオーラの菊、富士越龍、真筆の鳳凰、女浪の前ではただただ立ち尽くした。 いったいどのくらいの時間眺めていたんだろう? 心臓の鼓動が激しくなり、トランス状態になりそうだった。 80歳を越えてから書いた一筆一筆は命がけだったことだろう。 すべてをその渦巻きの中に呼び込むような、それでいてその渦巻きの中心から何かが今にも産み出 されるような、浪の中に宇宙、生命を産み出す女性の神秘と畏敬の思いを重ねた人間、北斎。 いつまでも見ていたかった。そして、何故かこの永遠の浪の中に自分がいるんだという不思議な気持 になった。 この女浪がCDジャケットに使わせていただけることになった時、思っていたタイトル観音の文字。 北斎の浪に乗る祈りの文字は小野田雪堂先生しかいないと切願し頼むと、快諾して5パターンも書い てくださった。その時の手紙には、君からのお電話うれしくてたくさん書いてしまいましたが使えるのが あればうれしいですが、もし使用出来ないときには、遠慮なく破ってくださいとの言葉。 うれしくてうれしくて涙が止まらなかったのを覚えている。 僕は先生への感謝の思いをこめて、プロジェクトの自分の名前を 恒仁とした。 恒は先生からいただいた名、恒堂から、仁は僕の兄貴分だった亡くなった雪堂先生の息子さん、 仁さんの名からとった。このことは雪堂先生には伝えていない。 この観音に参加してくれたアーティストは僕が大好きで尊敬してやまない人たちばかり、みんな快く 参加してくれた。 製作している間、自分が作っているというより、誰かに作らされている、そんな感覚に何度もなった。 まるで自分が誰かの操り人形になって動かされているような。誤解を恐れず言ってしまえば、時空を 越えて北斎さんが楽しんで作らせているんじゃないかと、、、 一生忘れられない作品になると直感した。 最近になって、この観音を聴いた方々から嬉しいメールが沢山届くんだ。本当に嬉しい。 特に9曲目が北斎の絵の世界そのままだとの感想をいただきます。 この曲は製作中、震えるような奇跡的な出来事がいくつもありました。ひとつこの曲の裏話。 北斎さんの絵には弘法大師が出てくるのでお世話になっている、東慶寺の井上正道住職の般若心経を 曲の後半に入れたんだけど、途中、正道住職が咳払いをしているんだけど、そのままにしたんだ。 これは逆柱というのを聞いたから。 法隆寺だったかな、わざと一本だけ柱を逆にしているんだって。これは完成はないんだっていう、 日本人の美学らしい。僕が好きな不足の美だ。咳は逆柱。 とにかく観音はまだまだエピソードが沢山ある。 完成してすぐ北斎さんのお墓参りに行ったんだけど、亡くなった日まで確認しなかった。 小布施でわかったこと。北斎さんが亡くなったのは4月18日。この日はなんと雪堂先生の産まれた日。 何か運命的なものを感じずにはいられなかった。何故か涙が溢れてきた。そして感謝の思いでいっぱ いになった。 いつか 小布施で観音メンバーでライブをしたい。北斎さんに雪堂先生に感謝をこめて、、、 これは必ず必要なタイミングで実現すると思います。 観音はゆっくりゆっくり動きだしてる。まるで地球が自転するように、、、 KNOB |
【2005年東京国立博物館で開催されたHOKUSAI展レポート】
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2005年10月25日から12月4日まで |
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= 北斎[HOKUSAI]展へ行ってきました =
(レポート文責かみね) |
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