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07年1月〜12月

日々の感動

【06年2月〜12月】

このページはKNOBが感動したことを携帯で撮影した写真付きで載せています

 

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 日本のクリスマス
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 ことば
 LOVE
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 御神火
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 マナ
 エミネム
 時の間
 
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 棟梁
 奈良の宮乃五色鈴
 祈り
 浄化
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 生き続けるいのち
 行持同環
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 面倒くさいこと
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 天の川
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 泥の中から蓮が咲く
 ここにいるよ
 おばあちゃん
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 はじまりはじまり!
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 般若心経
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 環境問題を楽しみながら
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 巡り合い
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 豊かな時間 2
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 チロル
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 いのち
 
 
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 五日の風十日の雨
 熊谷守一さんの本質
 諸行無常
 新芽
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 邂逅ふとした巡り合わせ
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 ありえないこと
 雨があがりキラキラ太陽
 新篁補旧林
 スリリングな能
 
 一点値千金
 芝雪梅
 リンガ
 夢?

 雨の思い出

 産み出す力

 繋がる神話

 

 

 


          2006年12月31日

登志古司

  

 

2006年、本当にいろいろなことがあった。入籍、地球交響曲に出演させていただいたこと。

おふくろの乳ガンの手術に奏楽堂、、、

人間として、考えることが多い一年だった。この一年の経験は感動や涙は、生涯の僕の支

えとなることだと思います。うまくいったことも、失敗したことも、本当にいい経験となりました。

すべての瞬間に、ご縁があり、貴重なかけがえのない時間を共にすごさせていただいたみな

さんに感謝しています。

来年がどうであるか、どうしたいかというより、やはり僕は今、目の前にあることに集中し、

せいいっぱい生きていきたいと思います。

今日は大掃除を徹底的にして、大好きなそばをいただきました。

年越しとは、登志古司とかくそうです。今日はただ日が変わるだけではありません。

どうぞ、良いお年をお迎えください。

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          2006年12月25日

クリスマス

 

以前、目白に住んでいた時によく行ったカテドラル教会。そこで購入した陶器でできた

キリストさんが地震があった時に右肩が壊れてしまったんだ。清めるために、僕はずっと

塩の中につけておいた(塩漬みたい、、、イエスさん。ごめんなさい、、、(苦笑)

誕生日である今日に右肩の修理をしました。僕はキリスト教徒ではないし、仏教徒でも

ないけれど、同じ地球に生きていた聖者たちの清らかな心が大好きだ。あとの世に生き

る僕は、どの聖者が一番かを競うのではなく、今生きていくのに必要な知恵を先人たち

から学び、感じ、実行したい。宗教を越えて、その時代を生きた、それぞれの人の本質を

感じて生きていきたい。

イエスさん。誕生日おめでとうございます。今、地球に生きているひとりひとりを同じ人間

として正しき方向へと導いてください。どうか、お願いします。

メリークリスマス、、、

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          2006年12月24日(2)

日本のクリスマス

 

今日は友人の和太鼓奏者、小林太郎くんが出演している日本太鼓道場のコンサートを

観に浅草に出掛けた。

下町の賑わいの中にクリスマスが同居している。他の文化だったものを違和感なくとりい

れる日本。僕は好きだなぁ。冬至にゆず湯に入って、クリスマスして、大晦日、お正月。

お祭りって枠の中で他の文化をあたりまえのように取り入れてる日本は世界のお手本に

なるんじゃないかな。

それにしてもクリスマスイブに和太鼓。いやーめちゃくちゃ良かった。浅草っていうのもあ

るけど昔の日本の空気感を感じた。僕は腹にどんと来るあの太鼓の響きがたまらなく好

きだ。荒々しくも力強く、人間の底力が発揮されるようなエネルギー。

しかし小林太郎くんは本当に素晴らしい和太鼓奏者だと思う。がんがんに今の年齢の

太郎くんの魂を音に感じる。

今年もあと少し。毎日を祭りのように楽しんでいきたいと思います。

太郎くん。来年もいいセッションしようね。

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          2006年12月24日(1)

ありがとう

 

昨日は雪堂美術館でのライブに沢山の方々に来ていただきました。

本当にありがとうございました。

昨日の最後にタブラの瀬川くんが、リハーサル後にそのまま朝まで飲んだという話しを

しました。リハーサルに遅れてしまったとBUNさんがワインを買ってきてくれて、[あっ、

きっと今日のリハはそういう感じでやったほうがいいんだ!]って直感がして、、、それで、

朝まで、本当にいろいろな話しをしました。人間としての深い話しが出来ました。ひさしぶ

りに少し飲みすぎたけれど、、、(苦笑)本当にいい時間でした。

昨日の演奏中、BUNさん。瀬川くん。貞さん。それぞれの今の裸の心が音となって伝わっ

てきました。僕の心には、小さな希望の光の中〔生きる!〕〔生き続けていくんだ!〕という

思いに包まれ、それを音にしました。BUNさんが遅れてしまったことから始まって、何気な

いことのすべてがひとつひとつの意味を持ち繋がっていました、、、

時間がない中、チラシのデザインを快諾してくれ、溢れるエネルギーを爆発してくれた

馬場くん、師走の忙しい中、遠いところまで足を運んでくださったみなさん。本当に本当に

ありがたくてありがたくて胸が一杯になります。ありがとう。

そして昨日は、終演後、雪堂美術館の館長である芝雪先生が僕たちのために食事を用

意してくださった。雪堂先生が亡くなられてから初めてのことだった、、、

みなさんが帰られた美術館でいただいたいのち、時間。とっても嬉しかった。雪堂美術館

というこの場がいとおしくてたまらなかった。僕はしわくちゃのじいさんになるまで、いのち

あるかぎり、この場でご縁のある方と何かをし続けていきたい、そう思ったんだ。

みなさん。本当にありがとう。出会えて嬉しかった、、、

どうぞ、よいクリスマスを!     

                                  KNOB拝

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          2006年12月22日

冬至

   

 

僕は冬至が好きなんだ。毎年この日には、穴八幡神社にお札を授かりに行くんだ。

僕のおばあちゃんが家族のためにずっとやってきたことをここ10年くらいは僕が引き

継いでるんだ。

一陽来福。江戸時代から庶民が賑わうこの日が何故かワクワクする。冬至の日から

節分までお札が配られるんだけどね。もう凄い人人人、だけどお祭りだからね。みん

な顔が幸せそうで、混んでても気にならない。冬至の日と大晦日と節分の日のいずれ

かの日の夜中12時にその年の吉方にお札を貼るんだ。僕は冬至の日の今日の12時

に貼ることに決めている。部屋を清めて、12時ぴったりに貼る時なんて、ここでいいの

かな?なんて緊張したりね。この日はこれをやらなければいけない!っていう不自由さ

がなんともたまらないんだ。自分で今日って勝手に決めてるだけなんだけどね(笑)

それと、なんか江戸から続く地域の祭りというか儀式というか。僕のおばあちゃんも誰

かから引き継いだんだろうなって思うと、先祖との繋がりも感じるしね。

ケルトや古代の人々は一年で一番、日が短い闇の時を大切にしていた、、、今日から

少しずつ少しずつ夏至へと向かって、日が長くなっていく、、、小さな光を大切に育てて

いくように、、、

さて明日は雪堂美術館でのライブ。音を観る。BUNさん。貞さん。瀬川くんの音を心で

観ながら、来てくださる一人一人の呼吸の中にその人その人の響き(バイブレーション)

を感じていたら、きっと明日にしかない、音が観ることができるだろう。

門の中には音がある。それが闇。何かが産まれでて来そうでワクワクするよ!

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          2006年12月18日

バランス

 

年末、人々が賑わうスーパーマーケット。山ほどのお惣菜、ケーキ、パン、、、

正直においしそうだなって思うのと同時に思った、、、いったいどのくらいの数が売れ

残り捨てられていくんだろう?本当に飽食の国だ。物であふれてる。今の日本の食の

自給率、食育、教育、社会システム、、、そして環境問題。知れば知るほど本当に辛く

なってくる。町を歩いていて、いらだっていた、、、

眠れずにいたんだ。今朝感じた。

何かを知り、感じ、行動する。それが切実であればあるほどに真剣にもなる。

そして人々を教え導いていく、、、そのためにますます力を入れ勉強し、知識を増やし

ていく、、、それは本当に素晴らしいことだ。素晴らしいことなんだ。

でも、その切実なことに目を向けすぎると、世の中の悪い点や、人の欠点ばかり目に

つくようになったりする。それによって、一番近くの家族が犠牲になったり、、、

いったいお前は何様なんだ!自分があり、家族があり、友人が、、、そして人と繋がっ

ていく。

今、僕は思うんだ。人は優しくあるべきだなって、、、あらゆる人に物事に、、、

もちろん変えていかなければいけないことは確かにある。だけど、争わず、人や社会

の欠点だけを見つめて腹を立てて生きていくのはなんか嫌だ。もっと違う方法で、人と

地球や自然と共に笑い泣き悩んで生きていきたい。バランスが大切だ。自然にならい、

そうありたい。

そんなことを今、僕は感じているんだ。

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          2006年12月11日

ことば

 

星野道夫さんの展覧会の写真集の中のことば。

[自然の終りは、いつも何かの始まりである]

心に響いた。人が想いをこめ、愛を持って残したことばは、霊力を持って心をとらえ、

生きる原動力になる。

[風こそは、信じ難いほどやわらかい真の化石だ。]

星野さん、ありがとう。今いい風が吹きました、、、

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          2006年12月8日

LOVE

   

 

今日は、ジョンレノンの命日だ。僕が10歳の時だったから、旅立って26年になるんだね。

今年はジョンが喜んでいるような気がしてならない、ジョージも、、、。

ビートルズの最新アルバムとして発売された[LOVE]はじめて聴いた時に感動で震えた!!!

最高だ!あらためて、ビートルズの凄さを実感した。デビューからインドや精神世界、実験音

楽、美しい旋律、そして解散、ソロ活動、平和運動、、、愛。すべてが凝縮されているって思う。

ロックや様々な音を本質で理解して融合していった、、、

そして今日は真珠湾攻撃が行われて、太平洋戦争が始まった日。

天から地から伝わってくるメッセージは、War is over if  you want it...

あなたがのぞめば 戦争は終る。

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          2006年12月7日

十日町

  

 

友人のJENの木山啓子さんからのお誘いを受けて、先月末、新潟の十日町に伺った。

震災で被害を受けた土地だ。重要な縄文土器、国宝の火焔型土器(魂が震えるようなデザ

イン)が発掘されている縄文の人々の息吹が残る場所。

木山さんは復興しつつあり、また過疎が問題となっている集落・池谷を支援しつづけてきた

んだ。今回は友人であり、日本を歩き植樹を続ける中渓宏一さんも一緒に村のみなさんと

交流した。小さな集落ゆえに悩みも切実な問題も沢山あると思う、、、だけど、村を村のみ

なさんを見ていて本当に美しいと思った。僕ら人間が忘れかけている心、誇るべき生活、

文化があった。

僕はグローバルという言葉が好きではない。それよりローカル。それぞれがそれぞれの土

地で、言葉で最大限の想像力使い知恵をしぼり、日日を感謝しながら大地と共に生きてい

く、、、平凡にあたりまえにあるようなことが、今後、世界に地球に宇宙にどれだけ影響を与

えるかわからない。僕はそう思うんだ。

二日間に亘り、僕はディジュリドゥを吹いた。村の人々の生命に植樹した新たな樹の生命

に、そして、今も土地に残る見えない、いのちに、、、僕が吹いているんだけど、どぉーんと

何かが深く僕の心に刻みこまれた。乾ききっている現代の人の心。土に触れ、人と語り合

い、澄んだ空気に身を清め、星にみつめられ、人の顔が見える食事を命をいただく。こうい

うことが本当に豊かで潤いのあることなんだとあらためて実感した。

テレビもゲームもパソコンもいい。でも、バーチャル体験ではない、自分の五感、六感をふ

るに使って体感することが、バランスを崩した生活、心には必要なんだって思う。僕はそう

思うんだ。

十日町に行ってみてください。すべてがありました。集落のみなさん。JENのみなさん、木山

さん、中渓さん。本当にありがとう。またぜひ、祈りの森を訪れたいと思います。

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          2006年12月4日

御神火

   

 

今年もあと一ヶ月。本当にあっという間だった。

12月2日、3日と新宿のサザンシアターでの地球交響曲第六番の試写会があった。

一年前、自分がこの作品に関わるなんて夢にも思わなかった。

誕生日の2月9日に連絡をいただいて、3月27日から大島に入った。下見として押さえられ

ていたこの日。まずは御神火と言われる三原山の噴火口に向かった。到着して、しばらく

してから龍村監督はおっしゃった。「KNOBさん、音を聴かせてくれますか?」

映画の中で吹いているものとは、違うディジュリドゥで、御神火に御挨拶をした、、、

しばらくするとだんだん風が吹き始め、噴火口が何かを語り始めた!

急遽撮影となった。風が強くまだ寒い時だった。僕は裸足になり噴火口に座った、、、

三原山は生きている。両足がまるで温泉につかっているように暖かく山の大地のエネルギ

ーが入ってきた。噴火口の中は、高熱で焼かれた岩や石が隕石のように見えた、、、

下から吹き上げてくる噴煙と蒸気、、、そして、セッションが始まった。僕はディジュリドゥを

通して、開経偈をあげ、般若心経を唱えた、、、自分の呼吸で音が出ているんだけど、いっ

そう激しくなる噴火口からの噴煙と蒸気、いったい自分が吹いているのか、ディジュリドゥの

先からは噴煙と蒸気が入ってくる、、、僕じゃなく、御神火さまが、何かが吹いているのか、、、

そのへんまではなんとか憶えているんだけど、その後、記憶がまったくないんだ。口が勝手

に動いて、何かが僕を使って演奏させて、僕はまったく違うところにいた、、、そんな感じが

したんだ。

こんな体験は初めてだった。映画を観ていると、音が止み、ディジュリドゥから唇を放し、置

いた後、僕は噴火口を見つめている。あの時僕は、我に帰り、たった今自分に起きた不思

議を御神火様と話すような、、、他のアーティストと演奏後に握手をするような、、、うまく言

えないんだけど、そんなことを感じていたことを昨日観ていて思い出したんだ。

ディジュリドゥという木の持つ力。これからも僕はそれを畏れ、敬意を払いながら、なるべく

自分を清め息を吹き込みたいと思っている。

虚空の音の章の4人での演奏は昨日で五回目。毎回、本当に刺激的だった。一瞬が永遠

にも感じた、、、

龍村監督、ゆかりさんのおかげで、地球交響曲のおかけで、また人と音に繋がれたことを

本当に嬉しく思います。そして終了後、会場で出会う様々な方々。そのひとりひとり、一瞬

一瞬の出会いに心から感謝したいと思います。本当にありがとうございます。4月の公開が

楽しみです。どんな出会いがあるのかワクワクします。

人と人、人と地球を繋げてくれる地球交響曲が僕は大好きです。ガイヤありがとう。

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          2006年11月29日

babart

   

 

この人は、過去に宇宙のどこかで過ごしていたんじゃないかって思うくらい人間離れした

驚異の想像力を感じるアーティストが馬場敬一くん。

12月23日のライブチラシのデザインを快諾してくれて製作してくれた。

打ち合わせでやりとりした言葉は数少ない。それにもかかわらず本質をとらえて、挑みか

かってくるような無音の無限の爆発を感じた。

北鎌倉雪堂美術館を新たな文化の発信地に!

1223は来年からの雪堂美術館でのプロジェクトの幕開けとも言える大切な日だ。

その顔とも言えるものをデザイン的にも精神的にも最高なものに仕上げてくれた馬場くん。

彼との繋がりは何百年・何万年・何億年・・と続いていくだろう。本来、縁とはそういうものだ

と僕は思う。

仕事だとかお金だとか、そんな枠をびゅーんと翔び越えた先には無限の枯れることのない

本当の豊かさがあるんだと思う。

宇宙には限りない豊かさがある。奪い合わなくても、勝ち取らなくても。闇から光明へ、、、

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          2006年11月28日

紅葉

 

白ひとつなき青の下、最後に真っ赤に燃えた葉の、

旅立ちの雨が降る 

                         KNOB

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          2006年11月22日(2)

気力

 

今の日本の男子バレーチームにはとてつもない気力を感じる。

女子ももちろん頑張ってきたけど、今回は男子が気になっていた、、、

男子バレーが始まって、ハラハラドキドキしながら見ている。すさまじい和と気力、

思いを感じる。自分の気を思いをストレートに全力で表現する!これほど、僕の

魂をゆさぶるものはない。

人にこう見られたいだとか、人を感動させたいだとか、そんな卑しいものじゃない!

逃げるように、斜からかまえてみるんじゃなく、正々堂々、真正面から真っ直ぐに

見て、自分を出しきる。誰のせいにもせず、自分の生きざまに責任を持ちながら

自分自身に挑んでいきたい。いくつになっても、、、

僕にとって結果ではなく、瞬間瞬間の気力がエネルギーになるんだ。

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          2006年11月22日(1)

マナ

 

ハワイ語で、呼吸はハ

ハには、「息を吐き出す」「命を吹きかける」「骨に強さとエネルギーを与える命の水」

「植物の葉を支え茎を包む軸」の意味があると言う。

マナは宇宙を流れるエネルギー。

生命にとってはなくてはならないものだと言う。日本で言えば、「気」になるのかな。

ひさしぶりにゆっくりゆっくり目を閉じ呼吸をした。ゆっくりと息を吐き、しばらく息を止め

、そしてまたゆっくりと息を吸う、、、マナに包まれ、細胞にしみわたる、、、心が静まる、、、

波がなく静かになった水面には景色が映るんだ。

深い静かな呼吸を大切にしよう。

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          2006年11月17日(2)

エミネム

 

カンボジアからライブに駆け付けてくれた友人。約一年前、みんなでカンボジアに行く

はずだったんだけど、突然、雪堂先生が亡くなってしまい、僕は日本に残った、、、

この一年いろいろなことがあったと思う。いいことも嫌なことも、、、だけど、エミネムが

カンボジアで実際に経験したこと、交流した子供たち、ひとりひとりと、光を分かち合え

たんじゃないかな。そして、それは必ず地球規模でいい影響を与えていくんだ。ただ自

然にそうなっていくはずだ、、、世の中に退屈な状況なんてありえない。退屈だと感じる

心があるだけ。僕らはただ己を生きて、生き続けていくだけ。誰も自分の人生の責任な

んて負ってくれない。人にどう判断されようがいいんだ。縁があり今がある。豊かさを噛

み締めながらゆっくり、じっくり歩んでいこうね。

エミネムと出会わなければ、和の心の実行委員長を努めてくれた大輔(小、中学と9年

同じクラスの幼馴染み)に繋がらなかった、、、これがまた不思議なんだ、、、人の和は

どこにいてもたとえ離れていても、必ず必要な時、絶妙なタイミングで繋がっていく。そ

んなふうに世の中は出来ている。だから安心して、信用して、感謝して、お互いの天命

をまっとうしていこうね。

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          2006年11月17日(1)

時の間

  

 

早いものでライブが終り一週間がたった。様々な方からいろいろな言葉をいただいた。

そのすべてが必要なもので、ただ感謝しています。ありがとうございます。

ライブ中に使用していたBGMに関することについて、いろいろいただいていたので、そ

れについて少し書きたいと思います。

あのBGMには、思い出があるんです。2004年に天河神社の観月祭に奉納演奏で伺っ

た時、雪堂先生ご夫妻、新之介さんご夫妻が来てくださいました。天河神社の境内は清

らかな空気が流れていました、、、その時に流れていたのがあのBGMだったのです。

鳥や木々が風と、あの音と共演し、聖なる場ができていました、、、

今回は演奏以外の表現も沢山ありました。時間や時空を越えて、奏楽堂の舞台にあの

時のような空気感、バイブレーションが流れるように、使わせていただきました。沢山の

思い出がひとつひとつ心に浮かびました、、、違和感を感じられた方もいらっしゃること

と思います。ただ今回は祈りの本質を突き詰めていきたかった。形だけで祈るようなこと

はできなかった。時の間を行き来したかった、、、BGMは音響の塩島さんが奏でる音楽

だった。思いをこめ、流してくださった。ありがたい、、、

いろいろ言ってくださる方の思いをがっちり抱き締めて大切にして生きていきたい。本当

にありがとうございます。

明後日は、初めての雪堂茶会。先生に会いにいくような、そんな気がしてワクワクしてい

ます。

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          2006年11月14日

  

 

おかげさまで無事に奏楽堂ライブを終えることが出来ました。思えば長かったような、あっと

いう間だったような。今年の1月8日に新之介さんと奏楽堂に行って申し込んで、奏楽堂側か

らOKの返事をいただくまでにずいぶんかかった、、、そして、初めて茶事を体験した4月9日

に正式に奏楽堂ライブが決定したんだ。

それからひとつひとつを組み立てるように作業をし、リハーサルを積み重ねていった。

そして、だんだん必要な人が集まり出した。和の心にて候のパンフレットにも書いたように、

信じられないような奇跡的なことが何度もあった、、、

太田新之介さんは本当に凄かった。10mにおよぶ演出巻物。出演もしたプロデューサー

麻恵子の着物、祈りの法被、当日のスタッフのTシャツはすべて一枚一枚、新之介さんが想

いをこめ描いてくださったものだ。その他の小道具、ペンダント、、、その労力は測り知れな

い。そして、いったいお客様は来てくださるんだろうか?という不安もあった。オフィスに申し

込みの電話やメールが入るたびに本当に嬉しかったし、ありがたかった。10月初めに完売し

てその後もぞくぞくと申し込みがあり、当日まで、、、思いが嬉しくて嬉しくて、どれだけ力に励

みになったかわからない。KNOBオフィス29代表の麻恵子は、チケットを送るたびに、思いをこ

め、祈るように感謝の気持を手紙に書いていた。ひとりひとりと繋がっていくのが感じられた。

そして、昔からお世話になっていた音響、照明の東京三光の中村さん。塩島さん。時間のかぎ

り、今回の舞台の本質を突き詰めてくださった。

そして実行委員長、大輔。不思議な縁だが、番組の製作をしていてその縁で最高なスタッフを

集めてくれた。いっちゃん。はるちゃん。りっちゃん。やべっち。こば。佐藤くん。それにナレーシ

ョンの伊東かなえさん。本当に嫌な顔ひとつせず、希望を忘れず力のすべてを出してくれた。

神秘的明かりを出現させてくれた内田真貴さん。初舞台は、鈴で導いてくれた安未ちゃん。

安来節で共演してくれた、山ちゃん、モトキくん、ヒロくん、福ちゃん。本番直前まで演出を変え

た。不安でたまらなかったと思う。その不安を消すように、祈るように彼等は舞台の裏で座禅を

組み、一音一音をもらさず感じていた、、、

チラシ、ポスター製作、本番前日、突然安来節の説明をお願いし、見事に世界を作ってくれ

た青樹さん。祈りの儀で力強い思いを発してくれたゆうちゃん。

そして、大切な大切な音を共に紡ぎだしてくださった、青山さん、望月さん、奈良さん、貞さん、

太郎くん、瀬川くん、岡山くん。僕が心底好きで好きでたまらないアーティスト。

みなさん本当に忙しいのに、全国から駆け付けてくださった。本当に感謝の思いで一杯です。

そして、当日、金屏風の前には、雪堂先生の書、、、新之介さんは僕に言われた「ノブさん、

終わってみると、和の心にて候とはなんなのか、わかるはずだよ」今、僕は痛いほど実感し

ている。僕は当日、演奏していて、四方から力を想いをエネルギーを感じた。そして今は亡き

雪堂先生も和の中に、、、

和とは、職種、年齢、人種、宗教が違くても、生命があるない関係なく、時空を越えて、いつ

までも、どこまでも永遠に広がり続ける「無限の和」なんだ。このことにあらためて、気付かせ

てくださった、太田新之介さんは、ただ舞台を演出しただけじゃないんだ。本当の人間の繋

がり、ひとりひとりの生き方にかかわるような大切なことを導き、演出してくださったんだ。

本番当日、一言いただきたかったけれど、「ノブさん、演出家は目立つべきじゃないんだよ」

と客席から見守っていてくださった、、、他にも見えないところで協力してくださったみなさん。

本当に本当にありがとうございました。今、自分自身のことを思い返せば、ああすればよかっ

たと反省することも沢山。でも、パンフレットにも書いたように「君子可八」何事もなく無事に終

ったことに、今に心から感謝しようと思う。僕は、青い米として進み続ける。精進しつづけるだ

けだ。みなさん。本当にありがとうございました。お客様として会場に足を運んでくださり、同じ

空気を場を共に奏でてくださった方々。一万円スポンサーとして応援してくださった方々。

また最後までチケット待ちをしてくださった方々、、、ひとりひとりの方がいらっしゃらなければ、

11月10日はありませんでした。みなさんとのご縁に深く感謝します。そして、またいつかお会い

できることを心より祈り願います、、、合掌。和の中のひとつのKNOBより、、、

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          2006年11月10日

願い

  

 

今日の奏楽堂、出演者、スタッフ、観客、ひとりひとりが元気に怪我もなく、会場で

出会え、同じ刻を過ごせますように、、、無事でありますように、、、

なんでもない些細に思えるような事が奇跡的なことなんだ。

今、今、今に集中して、10秒先も5分先も、、、考えず、今。いのちに、ご縁に感謝です。

奏楽堂の朝いい空気が流れています。

この今をありがとうございます。

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          2006年11月9日

棟梁

  

 

新之介さんから授かったのは、呪文。そして、新之介さんが書かれた棟梁の軸。

[ノブさん 棟梁っていうのはね、職種じゃないんだよ。人間として一人前になって、

人を導いていけるだけの心を持った人間のことを言うんだ。今日からノブさんは

棟梁だよ]こう言ってくださった。

[そして、いつかノブさんも誰かに伝達するんだよ。みんなそうやっていろいろなも

の、ことを受け継いでいくんだ。先輩やお世話になった方に恩返しなんていらない

んだよ。後輩にあとの世代のために何かをしてあげることが、最大の恩返しなん

だよ]

もうひとつ密教法具である金剛杵を授かった。金剛杵には3つの形があり、五股

のものを五鈷杵という。空海が唐から持ち帰り生涯大切にし、祈祷のときには必

ず手にしていたのが五鈷杵だったそうだ。

僕は明日、印を切るときに使うことにしたんだ、、、明日は始まりなんだ。僕は精

進しつづける。そして、いつの日か、誰かに伝達する時が来たら、その時には、

一滴ももれずに僕の中にあるものを伝達したい。その時にこそ、感謝してもしき

れない新之介さんに何かをお返しできるのかもしれない。そしてまさにその時が、

僕が本当に棟梁になれる時なのかもしれない。

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          2006年11月8日(2)

奈良の宮乃五色鈴

 

338つの鈴。

奏楽堂ライブの中でお客様と音で無言の挨拶をするんだ。

ひとつひとつを友人たちが心をこめて作ってくれた鈴。

毎朝、この鈴に祈っている。338人一人一人と音で繋がれますように、、、

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        2006年11月8日(1)

祈り

 

昨日の奏楽堂でのリハーサルを終えて、心の底の底まで落ち込んだ。

逃げたいような気持にさえなった、、、昨日の夜からずっと考えていた、、、

いったいなんのために「和の心にて候」をやるんだ?何を祈る?なんのために型を

する?、、、、、、、

朝、僕はガラスを拭き、掃除をし、優しい朝日の光の中、神棚と仏壇にあるひとつひ

とつを丁寧に丁寧に磨いた、、、大切なものだから、時間をかけて、祈るようにあつ

かった、、、!!!

これが型だ!すべてがはっきりした!

僕が祈りたい、音を紡ぎだしたい、本質がわかった。ご先祖さまが教えてくださった

のかな?何故か一人じゃないんだっていう絶対的な安心感に包まれた。

もう大丈夫!そう思った。

僕は祈り、奏楽堂で行う祝の儀式「千歳楽・万歳楽、、、」をやった。

千年も万年も幸せが続いていきますように、、、それと同時に千年前、万年前のこと

も祈った、、、おととい、三島に伺った時に正式に口伝を伝授された。僕以外には誰

にも決してみることは出来ない呪文。僕はゆっくりゆっくりその言霊を発した。

初めて、自分の口から出た言霊に呪力を感じたんだ。

そして、今回の和の心にて候にご尽力くださっている一人一人を想った。胸が熱くな

った、、、すべてはなるようになる!何が起きたってもう大丈夫。何も恐れない。何も

排除しない。すべてを抱き締めて僕はその瞬間瞬間を生ききるんだ。瞬間瞬間を堪

能したい!

新之介さんからいただいた手紙の中にあった言葉。[人の情と縁の深さ、ふたつ重ね

て夢をみる]

11月10日が楽しみで楽しみで仕方ない。闇から光明へ、、、闇、門の中に音がある。

門はゆっくり開きはじめた。

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          2006年11月5日(2)

浄化

  

 

うちの鬼門(風水で神さまの通り道と言われる場所)を塩を入れた水で綺麗に拭いた。

朝起きて直感的に思ってやったんだ。拭き終り朝の祈りを捧げているとなんと北のベ

ランダにいる亀が部屋の中に入ってきたんだ。こんなことはまったく初めて。満月だか

らかな、、、部屋にいい気が流れてる。

午後から奏楽堂の音の打ち合わせで口琴、ホーメイをやる岡山くんがやってきた。

内容の打ち合わせはあっという間に終り深い話しができた。彼とは、2004年に一緒に

天河に行ってから深い縁を感じているんだ。僕と岡山くんが11月10日に奏でる音はす

でにある。あとはいかに自分を清め、そこに繋がれるかだけだ。

さぁテンションがますます上がってきたぞ。大好きな人間たちと音が奏でられる、、、

全身全霊で挑みたい。

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          2006年11月5日(1)

虚空の音

  

  

11月3日は大阪、4日が名古屋で地球交響曲第六番の試写会があった。

先月の東京と同じく虚空の音に出演している、奈良さん、長屋さん、雲龍さんと一緒

に音を奏でた。不思議なくらいに違和感がなく、自然体で瞬間を感じながら音に繋が

れる。話していても楽しくて時間があっという間に過ぎていく。本当にこのご縁に感謝

しているんだ。

それに今回も龍村監督、ゆかりさんにひとみちゃんも一緒だった。大阪の交流会で

は、突然、龍村監督がピアノを弾き出してびっくり。素晴らしい響きだった。

翌日の名古屋は、試写会の前に第二番の出演者である佐藤初女さんの講演会に

おじゃました。一年前に森のイスキアでお会いして以来だった。とてもお元気そうで

嬉しかった。

講演会の中でこんな話しをされていた。「食は、いのちをいただく、いのちの移し変

えです。体の中に入ったいのちと共に生きていくことになるんです。今を大切に感謝

して真実に生きるということがとても大切です」

様々な経験の中での気付き。本当に素敵なにっぽんのおばあちゃんだ。

あっという間の二日間だった。沢山の出会いがあった。本当にいい時間だった、、、

すべての存在は響きあっているんだ、、、

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          2006年11月3日

終りのない旅

 

毎日、毎瞬起こる様々な出来事。そのひとつひとつが完全に意味があることだと

したら、、、一見、否定的に思えるようなことが起きたとしても、それをどうとらえる

かは自分なんだ。

昔、読んだ本にこんな言葉があった。

[人生は降りかかってくるものではない。自分を通して起こるものだ]

人生をひとつの映画だとしたら、今生きている人それぞれが、主役で、個性的な

映画を作っているんだと思う。脚本もそれぞれ。最後にどんな結末にしたいか。

ハッピーエンドに設定したら、それまでに起こるすべてのことがあるからこそ感動的

な歓喜に繋がるんだ。もし自分が、人が何か失敗したとしても、意味がある。

人に何か言われたって意味がある。それがとても傷付くようなことであったとしても、、、

僕たちはすべてを力に栄養にも、毒にも変えることができる想像力を持っているんだ。

新幹線の中で、いろいろなことを考えていたら、こんなことが浮かんだんだ、、、

終りのない旅を僕は歩いているんだ。

何千年、何万年、何億年、、、だからこそ、今のご縁を大切に今のいのちを大切にし

ながら生きていくんだ、、、

11月3日今日は雪堂美術館の二回目の誕生日だ。

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          2006年10月30日(2)

き続けるいのち

 

鎌倉樵隠塾で雪堂美術館に行った。

久しぶりに この今をありがとうございます が展示されていた。

なんだか嬉しくて嬉しくて、先生に出会えた気がしたんだ。

あれは作品なんかじゃない!雪堂先生そのものだ!

あの中に一文字一文字の形の色の中にいのちがある。

永遠に色あせることなく瑞瑞しく生きる本当のいのち。

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          2006年10月30日(1)

行持同環

 

完成した和の心にて候イメージブック。

思いをこめて作っただけに出来上がった本を手にして、本当に嬉しかった。

ひとつひとつ出来上がり、一日一日近付いていく奏楽堂ライブ。

新之介さんに教えていただいた言葉。行持同環。

同じ和の中でお互いがお互いのものを自分を持って行き来している、、、

これが「和のにて候」だと思う。

中心の点はなく、みんなが和の一部なんだ。その場の空気を大切に導かれ

るままに音を紡いでいきたい。

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          2006年10月16日

地球交響曲第六番

 

今日は関係者の試写があった。

去年のこの日は棺の中の雪堂先生にご挨拶してから、ディジュリドゥのイベントに参

加したんだ。演奏中の記憶はまったくないんだけど、ディジュリドゥという樹の持つエ

ネルギー、バイブレーションに心底、僕自身が慰められた、、、

一年後の今日は、初めて見る第六番。

ビートルズが大好きでインドが好きで、影響を受けたラビシャンカール。ずっとCDで

聴いていたクジラの唄、、、そして出演させていただいた[虚空の音]の章。いったい

どんな風になっているのか、ワクワクと不安が交互に僕の中を行き交った、、、

第六番を見て、、、僕は本当に感動した。魂が揺さぶられ、僕の中の記憶が蘇るよう

だった。内容については今はまだ言えないけど、、アボリジニの人々が何故、循環呼

吸という呼吸法で演奏しはじめたのかが、わかった。とっても懐かしい気持に包まれ、

映画を観ながら僕自身の中の果てない宇宙を泳いで帰ってきた、そんな想いで一杯

だった。

三月、大島での撮影中、ずっと持ち歩いていた雪堂先生の作務衣。どうしても今日は、

雪堂先生と一緒に観たくて作務衣を着て行った。この今という時がありがたくて、あり

がたくて、、、どれだけ感謝したらいいかわからないです。

昨日は僕が録音した雪堂先生の最後の肉声である唄に合わせてディジュリドゥを吹か

せていただいた、、、僕はこれからも、ご縁の、命のあるかぎり、天然空洞木と共にあ

りたい。生きたい。

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          2006年10月14日

禊の門

  

  

 

今日も今から雪堂美術館。昨日、半分、今日、半分。雪堂門を磨かせてもらうんだ。

檜は水で洗ったあと、乾拭きしていると、いい香りを放って、まるで赤ちゃんの肌みた

いにつるつるになるんだ。なんか雪堂門を磨いていると、自分自身の汚れがとれてい

くような、清々しい気持になるんだ。

明日は雪堂先生の命日。この一年、本当にあっという間だった、、、一年前の15日は

雪堂先生が開いていた教室の30周年の旅行で熱海に行っていたんだ。雨だとの予報

で雨具を用意していた人が多かったけど、空にはキラキラ太陽があった。

MOA美術館に行き、北斎をみたり、能楽堂をみたり、、、あのときの会話は今もはっ

きり覚えてる。そして、みんなで旅館に行った。雪堂先生が旅館に入ると、ずっと待って

いたようにざぁっーと雨がふりだしたんだ、、、

温泉で、渡兄と浩太郎と三人で雪堂先生の背中を洗った。こんなことは初めてだった。

ゆっくりお湯につかりながらいろんな話をした。渡兄が、「先生、今晩はカラオケ大会で

すよ!先生何か唄ってくださいね」って言うと、先生は「僕は、伴奏があると唄えないん

だなぁ。自作の詩を唄うよ。今日は気分がいいから、三番まで唄うよ」そう言われた、、、

宴会は大盛り上がりだった。みんなが先生と乾杯し、本当に本当に雪堂先生はずっと

笑顔だった。そして、カラオケ大会がはじまり、みんなが唄う姿を嬉しそうに見つめてい

た先生。そして、先生が唄う番に、、、

先生は「今日は三番まで唄います」と言われた。僕はとっさに携帯で録音をした。

二番までは聴いたことはあったけど、三番があるなんて知らなかった。〔男ならこそ、

この世に、この世に生まれて悔いはなし、どんといけいけ、命がけ、、、〕力強い唄だっ

た。聴いていて、涙がこぼれそうだった。

唄い終り、大声援の中、先生は静かに倒れた、、、そのまま先生は旅立っていかれた

んだ。

雪堂先生。これからも、どうぞ、みんなを見守っていてください。正しき方向へお導きく

ださい、、、

雪堂門の檜は生きている、、、磨くとふくいくたる香を放ち蘇るようだ、、、

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          2006年10月13日(2)

青樹劇場

   

 

先日は、11月10日当日会場でみなさんに配るパンフレットの打ち合わせだった。

いつもお世話になっている青樹さん。今回はチラシ・ポスター・チケットすべての

デザインを手掛けてくれた。一枚の紙の中で、世界を作ってくれた。

青樹劇場だなぁ。

本当にいろいろな方の力が、まるでパズルの1ピース1ピースのように、それぞれ

の場所にはまって、奏楽堂ライブができつつあるんだ。

パンフレットも楽しみだな。

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          2006年10月13日(1)

十六夜

   

 

満月の日、僕らは打ち合わせとリハーサルのために三島におじゃましていた。

奏楽堂ライブでも使用する新之介さんがデザインしてくださったディジュリドゥ

「九天飛翔」と「十方彩雲」は補修していただいた。心をこめ大切に扱う、、、

木が喜んでいるのが伝わってきた。そして手伝ってくれる安未ちゃんの衣装合

わせ。当日、彼女がつける新之介さんデザインのペンダントは、アンコール時

代の美術館に展示されているようなもの。ステンドグラスと融合され、より神々

しくなった。

先人が祈り、願い製作されたものを使わせていただく。心が時空を越えて繋が

るんだ。どのシーンに出てくるかは当日のお楽しみ、、、

この日は熱海まで足をのばした。海から上ってきた満月に、新之介さんと二人

で祈りをこめて謡を唄った、、、忘れられない一瞬だった。

その後、地球のエネルギーに触れるために温泉に行った。その温泉の横には

神社があり、たまたまその日は、その土地の温泉の神様のお祭りで、僕らが到

着した時にまさに御輿が出るところだった。

祭り囃しの中、貸し切り状態で源泉につかっていた。水の、お湯の神様も喜んで

いるんだろうな。まぶしすぎる満月の下で、本当に神秘的な時間を過ごせたんだ。

一日一日一秒一秒近付いていく奏楽堂ライブ。僕が当日、謡を唄う時にはきっと、

僕の心の中にこの日の満月がまぶしいくらいに映っているんだろうな。

日々過ごす時間、体験が音になるんだということを痛感した十六夜。

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          2006年10月12日(2)

感謝

 

奏楽堂ライブのチケットが完売となってから、その後もぞくぞくとキャンセル待ちや

スポンサーをとの嬉しいメールをいただいています。

知名度も何もない僕のようなもののライブに来てくださる方がいるんだろうかと思っ

ていたけど、人事を尽して天命を待つしかないんだと思ってただできることをやって

きました。そして、沢山の方々の協力のおかげで、この今があります、、、

今月の23日には、地球交響曲第六番の試写会もあります。そして、15日は、雪堂

先生の一周忌。一年前には想像も出来なかった今がある、、、

この今を忘れたくない。

心の底から、ありがたいっていう思いを、生かされている今を大切に大切にしたい。

みなさん。本当に本当にありがとうございます。みなさんひとりひとりと繋がっている

ことが信じられます。想いが感じられます。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。              合掌。KNOB拝。

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          2006年10月12日(1)

朝日

 

白い東の太陽と向き合う。鼻から酸素を吸って、しばらく息をとめる。

新しい空気が、バイブレーションが僕の中に渦巻く、、、ゆっくりゆっくり

鼻から二酸化炭素を吐き出す。僕の中にあったものが旅立っていく。

植物たちに感謝する瞬間だ。そして掌を太陽に、、、ぴりぴりする。

両手が、まるでソーラーシステムのようにエネルギーを集めてくれる。

僕が元の気で充満する。

無償で豊かさをパワーを与えてくれる太陽。ありがとう。

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          2006年10月3日

奏楽堂演出折れ本

  

 

今日は折れ本の打ち合わせ。雪堂先生とも長いお付き合いだった川井印刷の川井さん。

何度となく時間をいただき打ち合わせをさせていただいた。無謀な希望にも笑顔で最大限

挑戦してくださる。川井さんは体育会系の気持のいい人だ。打ち合わせしていて何度元気

をいただいたかわからない。新之介さんが半端じゃない手間ひまをかけて、想いをこめて

作ってくださった巻物。折れ本式にして、演出台本の裏は解説、製作秘話、写真を折り混

ぜている。何千種とある紙から選びレイアウトを考え、、、面倒に思えることが面白い。

人と話し合い、交流して、何かを作ることは本当に刺激的だ。自分が思っている以上に様々

な可能性があることに気付かされる。知らず知らずに作り上げてる壁の中で、過ごすなんて

くそくらえだ。自分一人で築きあげているものなどひとつもない。自分一人で生きられている

人などいない。

命をいただき、思いを分かちあい、最大限、創造力を発揮して現実を生み出す。昨日まで

通用していたことが、今日通用しなくてあたりまえ。毎日毎日みんな新しい人で新たな日。

人も物も起こることも、自分の色眼鏡で見た世界。本来、毎日が前例などありえない挑戦の

日なんだ。シンプルなことが一番難しい。たまには自分を見失ったっていいさ。その度にまた

また立ち上がればいい。簡単なこと。心には強い筋肉とぐにゃぐにゃな柔軟性とバランスが

大切なんだ。今食事中なんだったら、目の前のひとつのいのちをいただくことに集中すれば

いい。噛んで味わって、箸は置いて、集中するんだ。その時その時に必要なことが起こって

る!それに意味を与えているのは常に自分。人間の創造力は善にも悪にもなる、、、

今日、車の中で聴いたジョンレノン。ジョンが似合う季節になってきた。

今日は今日の、明日は明日の自分がただあるだけだ。

いい本ができる気がする。ワクワクする。本当に楽しみだ!

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          2006年10月2日(2)

千手観音の舞

   

 

たまたま点けたTVの中のシーンに釘付けになった。

作られた映像かと思っていたら、生の舞いだった。信じられないくらいの神々しい

舞いを演じていたのは、21人全員、耳と口が不自由なろうあの障害者。

音は聴こえないけど、振動を感じ、瞬間の間、空気を感じ舞っていた。本当に素晴

らしかった。

あまり、見なくなったTV。映像で感動したのは本当にひさしぶりだ。

東福寺の仏像さまも動く千手観音さまにうっとりだったんじゃないかな。

演じた中国障害者芸術団の一人一人の中にある音。神の天の音が全細胞に魂に

響きわたっているんだろうな。僕は生まれて初めて、舞いに神を観た。

本当に美しかった。素晴らしかった。

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           2006年10月2日(1)

命の循環

 

現在、雪堂.comのページのリニューアル中。

生前、雪堂先生が言っておられたこと。「森の中で、老いた樹は倒れていく、、、

でもそこから、新芽が新たな命が育っていくんだ」って。

命は循環していく。繋がっていくんだ。

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           2006年9月30日

金子みすず

  

 

昨日は一日中、雪堂先生の作品集と向き合っていた。

雪堂先生の書画の中で金子みすずさんの言葉が響いてきた。

『泥の中から蓮が咲くそれをするのは 蓮じゃない。 たまごの中からとりが出る

それをするのはとりじゃない それにわたしは気がついた それもわたしのせい

じゃない』 

『青いお空のそこふかく海の小石のそのように  夜がくるまでしずんでる 昼の

お星は目に見えぬ  見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ、、、』

日本語で考え、悩み、喜び、感動し、涙する。 

つくづく日本人だと実感できる大切な時間。

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          2006年9月27日

強き儚き花

   

 

見逃してしまいそうな場所で、そっと、堂々とせいいっぱいに生きる命。

生きることは儚い。今、生きているすべての人が必ず死を向かえる。

今、生きているだけで奇跡的なことなんだ。だからこそ、祈りながら、夢

みながら、感謝しながら生きていけんだ。

この花を見ていたら、この今をありがとうございます、、、この言葉が聞

こえてきた。

誰にどう思われようが、どう見られてようがいいんだよ。

自信満々に生きよう。

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          2006年9月25日(2)

樵隠塾

  

  

 

今期からまたあらたに始まる新之介さんの樵隠塾。

雪堂先生の熱烈なリクエストで約一年前に雪堂美術館にて開催された。本当に

喜んでおられた雪堂先生、、、僕は雪堂先生の作務衣を着て参加した。

床の間には、一年前と同じ、雪堂先生の和敬清寂がかけられていた。

この日は講座の前に奏楽堂にも協力してもらう田中幹記くんにディジュリドゥを

演奏してもらった。アシスタントの安未ちゃんのお手前講座はいつもなんかいい

感じ。力まず自然にこなしてしまう安未ちゃん。一生懸命いろいろなものを吸収

しようとしている山ちゃん。いろいろ手伝ってくれたあっこちゃん。それに大輔。

青樹さん。麻恵子も本当に頑張っている。雪堂先生が喜んでいらっしゃるのが

感じられた。

そして毎回、太田新之介さんの深さには本当に感銘を受ける。樵隠塾の塾生に

なって一年。見える世界が広がった。新之介さんが、塾の最中にこんなことをおっ

しゃっていた。年を重ねていくのは、山を登っていくようなもの。体は疲れていくけ

れど、高いところに行けば行くほど見える景色が違う。視野が広がる!そして誉

めることの大切さ。

人はすぐ自分の小さな視野で判断し、あら探しをしたりする。そして自分の位置を

築く。評論家みたいなものかな。それもいいのかもしれないけれど、物事の本質を

見分けられる自分でありたい。まさに君子可八。自分が完璧を目指し挑んでいく

のは、好きだけど、人に完璧なんて求めてたって、自分が苦しくなる。なんかつま

らない。余裕を持って見ていきたい。この世に本当に完璧なものなどないのかも

しれない。好みでその人には良く、完璧に見えるだけ。

力を抜いて、てえげえ(ちょうどいい加減)で日々を楽しんでいきたい。

いろんなことに気付かせてくれる樵隠塾。また来月が楽しみだ。

本当にありがとうございます。

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           2006年9月25日(1)

北鎌倉

    

 

この日は雪堂美術館での樵隠塾の日。

僕と家内は、奏楽堂の実行委員長で小、中学の同級生である大輔と山ちゃんと一緒に

北鎌倉に向かった。今回のことで本当に力を貸してくれている大輔の奥さんにご挨拶

をしに奥さんが眠っておられる円覚寺に向かった。

晴れわたる空の下、初めてお会いし、手を合わせ日頃の感謝を伝えた。

その後、大輔が和尚さまを紹介してくれて、寿徳庵にて音を奉納することもできた。

小中と9年間同じクラスで、その後20年くらいのブランクがあった。それがご縁にも、

リンクにもある市川絵美子さんが僕らの共通の友人だった。不思議な縁に本当に驚

いた。そして、また共にいられるこの今が嬉しくてならない。

天から大切な人が見守ってくれている。苦しいこともあるけれど、体を鍛えるように、

魂を心を鍛えマッチョになっていくために必要なことなんだ。

ひとつひとつを大切に!いつも天から見られてるんだ!

お互いになかなかさぼれないねぇ(苦笑)

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          2006年9月21日

奈良美智

    

 

風人の祭の前日夜、奈良さんの展覧会 AtoZのスタッフの会に参加して、まーちゃんや

沖縄民謡の堀内加奈子と少し演奏をした。

僕は奈良さんの作品を実際に見るのは初めて。

吉井酒造煉瓦倉庫で行われた、grafとの展覧会はとても独創的で楽しめるものだった。

みんなが本当に楽しんで作ってるってのが伝わってきた。中でも3点、気になった作品が

あった。霊力が宿ってるっていうか、、、ポップアートを見てああいう神秘を感じたのは初

めてだった。ひとつはタートルズと書かれた本かな?を持っている女の子の絵。涙が出そ

うになるような哀愁感漂う作品だった。しばらくその世界に入りこんでしまった、、、情緒あ

る人なんだろうな。奈良さんという人間に興味を持った。

それにしても、強力な台風だった。西表島のまーちゃんの実家も大変だったようだ、、、

圧倒的な自然の容赦ない驚異に僕らは、たちうちできない。だからこそ、人は祈るように

音を奏で、歌い、舞い、絵を描いていた。

人間なんて、地球からすれば、ゴミは出すは資源は使うは、とんでもない存在。悪いところ

を見ればきりがない。だけど、人間も自然の一部。なにか役割があるはず、、、

僕が祈ったって何も変わらないかもしれない、、、でも、本当に本気で祈りたい!僕なんて、

本当に毒素の固まりのような人間だ。でも、今まで本当にいろいろな人に助けられ支えら

れ、命があり、生かされている、、、考えたって始まらない。理屈はいらない。ただ心が動く

ままに、その時その時を感謝しながら生きるだけ、、、僕は祈るだけだ。

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          2006年9月20日

岩木山

   

 

弘前には、友人であるアーティスト 南ぬ風人まーちゃんの[風人の祭]に出演するために

来たんだ。早朝、地元の 笑鬼というグループの笛吹きである下田ゆうじさんにお願いして、

岩木神社まで連れて行っていただいた。

岩木山のあたりから、まるで黒龍のような雲が空をうねっていた。天気予報では雨だったが、

朝日も出て清浄感がただよう朝だった。岩木山は場所によって見える姿がまったく違う。宿

泊していた所では、富士山のように見えていたんだけど、岩木山神社の方からは三つのこぶ

が印象的な、さっきとは別の岩木山の姿が見えた。

山が御神体である岩木山神社。三つのこぶの中心がちょうど鳥居の中心に来るように造られ

ていた。手水で身を清め、音を奉納させていただいた。

岩木山での大切な祭りで演奏するために活動している笑鬼。ディジュリドゥと下田さんの笛

でセッションし、山にご挨拶をした、、、

イベントの会場に着くと太陽が輝いていた。あまりに神々しくて、岩笛を吹いていると、太陽

の回りに虹が出ていることに気がついた。円を描くような虹。丸い虹は生まれて初めて見た。

本当に神秘的だった、、、感動だった。

イベントも、まーちゃんはじめ、素晴らしい出演者の方々、スタッフ、お客さんと、いい時間が

共有でき、本当に楽しかった。そして、この地には何かご縁がある気がしてならなかった。

一年前に伺った森のイスキア。今回は残念ながら初女さんにはお会いできなかった。忙しい

毎日をおくられてる初女さん。お元気かな、、

にーちゃんはじめ風人の祭実行委員のみなさん本当にお疲れ様でした。楽しい時間を本当に

ありがとう。

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          2006年9月19日

三内丸山遺跡

    

    

 

縄文時代の最大の集落遺跡に初めて行った。

最初に目に飛込んできたのは、六本の柱で出来ている建物。直径6メートルで間隔が

4.2メートルになっている6つの穴が発見されて、想像で復元されたものだ。

栗の木の掘ったて柱で何をしていたんだろう?今復元されているものより遥かにすご

いものを造っていたんじゃないかな?創造力も祈りの思いも、技術も、縄文時代の人々

はそうとうレベルが高かったんじゃないかな。

僕は岩笛を吹いた。風が心地よかった。ふとこんなことが頭をよぎった。

復元されたものも素晴らしいけど、何もなく草が生えているところ。木が生えているとこ

ろがいい!

観光の方が多かったのもあって、人から離れて、しばらく芝生に寝転んでみた。空を眺

めていると、この土地で暮らしていた人が見ていたものを僕も眺めている!そんな気持

になった。40分くらいかな。瞑想するような静かで安らかな時間だった。

縄文の遺跡から発掘される穴の空いた石。発掘された展示品の中には、僕が吹かせ

ていただいているものにそっくりなものがあった。時を越えて、確にここに生きていた先

人を想い音を奏でた。イダキは栗の木の林の中で吹かせていただいた。

1500年もの永い間、和の心で、自然として暮らしてきた縄文の人々。土地に残る穏やか

でメロウなバイブレーションに包まれた。風を感じた、、、先人の思いが風に乗り息づい

ているようだった。風に耳をすませただ聴く。

奏楽堂で、やることになっている聞香 香りを聞くというんだ。燃やす木からのメッセージ

を聞き、同じ空間、分かち合っている人の空気に溶けた思い。過去にそこにいた先人

の声。それを聞くことが聞香なんだと思った。

人が人と、自然と、時空を越えた存在と繋がる、和になることの大切さをあらためて、

縄文のこの土地で教わった気がした。この地に導かれたことの感謝を告げて、僕は

岩木山のある弘前に向かった。

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          2006年9月16日

   

 

昨日は秩父で、岩笛を謹製されている中西さんのお宅におじゃました。

岩笛の里になってから、伺うのは初めてだった。

なんと、同じ日に元倍音sの青山くんも岩笛を見にきた。僕らは古神道の伝統的

な禊をさせていただいた。水で清めるというのは、太古から、世界共通だと思う。

白ふんどしに白はちまきで、神言を唱えながら水をかぶった。

邪気がすかっと払われた。本当に清々しかった。海に入ったり、滝に打たれたり

すると体と心のバランスがとれて、パワーアップができる。いにしえから伝えられ

ている型に音霊に言霊に自然の力。縄文を感じた。

そういえば、アボリジニの人は儀式の時、赤のふんどしのようなものをしてい

たなぁ、、、

岩笛は最近まで、古神道の秘伝だったらしい。禊のあと、岩笛とディジュリドゥ

を、秩父の土地に磐に吹かせていただいた、、、樹や岩と共鳴できた気がした。

西の雲の中から朝日のような清らかな太陽が現れた。その光にまたエネルギー

をいただいた。

今この文章を書いている僕は青森にいる。そして、今さっきまで三内丸山遺跡に

いた。縄文のバイブレーションが残り、息づく場所。空港について、思い付いて来

てしまった。昨日、禊をしたのもここに繋がっていたのかもしれない。

岩笛に導かれたかな?三内丸山良かったな。それはまた後日に!

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          2006年9月14日

歴史ある場所

 

  

 

いよいよ、二ヶ月をきった奏楽堂ライブ。新之介さん、音響、照明の中村さん、塩島さんに

プロデューサー、実行委員長と奏楽堂の福島さんと細かい打ち合わせをした。

重要文化財となった建物は大切にされている。ここには滝廉太郎さんや音楽を愛した先人

の息吹が残っている。感じるんだ。

秋篠宮殿下、妃殿下様もいらしたこともある日本の音楽シーンの原点のような場所。

フジコヘミングさんや尊敬するアーティストが数多く踏んだ舞台。気がひきしまる。

それと同時に決して一人ではないことを感じた。関係者の力。チケットを買ってくださる方、

スポンサーになってくださる方のメールの言葉に、本当に励まされているんだ。

一人一人にお礼の言葉を伝えたい。いただいた想いの感謝を、すべて当日の音に載せ、

36歳の今にしか出せない、先人たちの音が染み込んだあの木の舞台の上でしか出せない

音を紡ぎ出したい。

この日はあとから、出演者の岡山くん。太郎くん。奈良さんも駆けつけてくださり、食事をし

ながら、みんなで交流した。本当にいい時間だった。心から尊敬し、通じ合えた方々に参

加いただき、ひとつのものを作ることができる喜び、、、なんてありがたいんだろうって思う。

出演者、スタッフ、当日、会場に足を運んでくださる方。当日はどうしても行けないが協力し

たいと申し出てくださる方、、、その一人一人のお力で11月10日の奏楽堂での二時間が作

り出されます。すべての方とのご縁、繋がりを深く強く感じます。祈りを信じ、音を信じ、瞬間、

瞬間、一人一人に発信させていただきたいと思います。

音に宿る『神秘と無限の生命力』の通り道になるため、ただ自分の心のたんぼを耕し続けた

いと思います。

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          2006年9月12日

火の鳥

 

三島に稽古に伺った時に、初めて焼き物に挑戦した。

僕が作らせていただいたのは、志野。

8月の最後に伺った時が、登り釜で10日近く焼かれて、釜から出す、その日だった。

村松さんという方の工房だった。

以前、伊賀の浅尾憲平さんのお宅に伺った時に、焼き物の神秘を感じたけど、焼い

ている場に立ち会うのは、初めてだった。

高温の火の中に薪をくべると、瞬間に燃えてなくなってしまう。その中で、僕の作った

ものも焼かれていた、、、

出来上がってきたものは、美しかった。乙女の頬のような紅色が浮かんでいる。そし

て、中には火の中から蘇った不死鳥が羽ばたいている。

太田新之介さんは焼き物のスペシャリストでもある。自分で作ってみて、初めてその

奥深さがわかった、、、その時に工房で出会ったのが、奏楽堂までの軌跡の中にある、

陶器のディジュリドゥ。

村松さんが製作されたものだ。木とは違う音が出る。土をあれだけ高温で焼くんだ。

隕石みたいなものだ。音も素晴らしかった。それに村松さんという方も素敵な方だった。

演奏を本当に喜んでくださった。

奏楽堂のライブの中で使う焼き物も1000年以上前に、誰かが作り、使っていたもの。

時を越え、繋がれそうな気さえしてくる。

僕の志野の銘は、、、火の鳥だ。

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          2006年9月11日

911

 

凄まじい雷鳴に目が覚めた。

神鳴りだ!

何故か頭にこの言葉がよぎった。外の空は、まっ黄色。

不思議な見たこともない色。まだ夜明け前の時間だった、、、

まるで、何かを力強く清めるような、そんなカミナリ。

今日は911だった、、、

僕は東に青龍の岩笛を吹き、東の国が平和でありますように、、、

そして、西には白虎の岩笛を吹き、西の国の平和を、

南には、朱雀の岩笛で、北には玄武の岩笛で、、、

そして天と地に吹き、般若心経を唱え、心から平和を祈りました、、、

祈り終わると、付けていた勾玉のひもがプッツリと切れました、、、

音や声は祈るためにあるんだと、ふと感じました。

世界の人が、すべての命が平和でありますように。

宇宙へ旅立って行った魂が平和でありますように、、、

                合掌。KNOB拝。2006年9月11日、早朝に

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          2006年9月9日

陽が極まる日

 

今日、9月9日は重陽節句。

昨日、白露をむかえて、何か今日から、また新たに始まる!

そんな気がしてワクワクしているんだ、、、

数字の持つ意味。偶数は陰、奇数は陽。1から9までの中で一番、陽の大きな9。

その9がふたつ重なる日が今日。おめでたい日で、地の恵みにより、万物が生じ

繁栄する吉兆の日。

昔から、僕は9に縁がある。2月9日に生まれたし、、、29は福の日なんだよ。

これを先月、共演した奈良さんは話したら、嬉しそうに「肉の日だ!だからノブさん

はベジタリアンになれないんだぁ」だって、、、(大笑)

あっ、白い清らかな太陽が優しい光を放射してる。

すべての命に恵みと福がある一日でありますように、、、

                                                                                  合掌。KNOB拝。

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          2006年9月7日(2)

 

今夜は十五夜。満月だ。

羽衣の謡の中で、大好きな美しい日本語の表現があるんだ。

白衣黒衣の天人乃。数を三五に分かつて。一月、夜々乃天少女。

奉仕を定め、役をなす。

白と黒の衣を纏った天人が一ヶ月の間、それぞれ分かれて、よなよな、

役をなしている、、、新月の闇は黒の衣の天人たちが、満月の今夜は、

白の衣を纏った天人たちが、月の宮殿にいる。

いいなぁ。なんかワクワクしてくる。

しかし、こういう表現をした世阿弥や先人たち。本当に素晴らしい。

テレビもなく、オーディオもなく、すべてが生の時代。様々なものと語り合

えたんじゃないかな、、、

羽衣の中の一節を奏楽堂で謡います。そのためにすべてを暗記中です。

これが楽しくてしょうがないんだ。謡の世界、本当に好きです。

なんでこんな惹かれるんだろう?前世でアボリジニだった後は、世阿弥と

能をやっていたのかな?なんてね。

今夜の天気はわからないけど、空の天人を感じてみよう!

天の乙女たち。ありがとう!

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          2006年9月7日(1)

天・自然主義

   

 

友人の藤田真規さんから、沢山の化粧品が届いた。

真規さんの会社、ナチュラピュリファイの自然、天然にこだわりにこだわった

作品が完成したんだ。

なぜ僕に化粧品が届いたのかというと、この天・自然主義という文字は、

真規さんからお願いされて、僕が書いたものなんだ。

自然浄化をテーマに、合成化学物質をまったく使わず、自然の成分だけで

作りたいんです!

真規さんの情熱が心が伝わってきた。動物実験もしていない。

人間も本来、自然であり、大自然の一部なんだ、、、

このプロジェクトに参加出来て嬉しく思います。真規さん。完成おめでとう!

細胞さんや皮膚さん達が喜んでいる声が聞こえるようです。

そして、家内も本当に喜んでいます(笑)

真規さんの想いが伝わっていきますように、、、

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          2006年9月6日

祝福

 

秋篠宮殿下、妃殿下様。

本当におめでとうございます。素晴らしいです。

新しい命の誕生に希望で胸がワクワクします。

二日日前には、友人の水沢蛍ちゃんもお母さんになりました。

蛍ちゃん。本当におめでとう。

ひとつの新しい命のピュアなエネルギーが与える影響は無限だと思う。

本当に浄化される。

より良い環境を子供たちに残せるように、、、僕たち、大人は日々の

小さなことから、襟を正し、努力していかなきゃならないと強く感じる。

責任を、意識を持って、愛情を持って、、、すべてのいのちのために。

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          2006年9月5日(2)

戸隠

    

 

以前、長野の長谷寺のライブを企画してくださった宮崎さんや実行委員のみなさんが、今回も

素晴らしいライブの企画を段取りしてくださった。

僕は戸隠という聖地で演奏できることが嬉しかった。

早くに戸隠に到着した僕らは、まずこの地で演奏させていただくことの報告とご挨拶をしに、

戸隠神社の奥社に向かった。参道は清らかな空気が流れている。千と千尋の神隠しに出

てきそうな神秘的な門をくぐると杉が立ち並ぶ。汚れが払われるような清浄感。

その中の一本がまるで、ディジュリドゥのように空洞になり、穴が祠のように空いていて中に

入れるような杉だった。中に入り、祈り、ディジュリドゥを吹くと、巨大な宇宙的なディジュリドゥ

の中で吹かせていただいている。そんな錯覚を起こした。

上を見てもどこまで空洞なのかわからない、本当にディジュリドゥのような巨大な杉だった。

優しく、力強い、樹の、いのちのエネルギーが僕の全細胞に響きわたり、長老の樹の大きな

愛に抱かれた感じがした。その写真は、また別のところで紹介しますね。

そのあとは、奥社で奉納演奏をさせていただいた。

古事記の中の天の岩戸の神話にまつわる場での演奏は、僕の遺伝子に刻まれた何かが

呼び起こされそうだった。二日間をかけて、戸隠神社の中社、宝光社、火之御子社、800歳

の杉、三本杉の御神木、に音を奉納させていただいた。

ディジュリドゥという天然の空洞の木は超自然的な何かと、音でコンタクトができるんだと実感

できた。天河神社で奉納演奏をさせていただき、そのことを強く感じられるようになり、映画

[地球交響曲]の撮影で大島の御神火と呼ばれる三原山の噴火口で演奏し、神秘的な体験を

することができ、先月、七面山に登り、ご来光で、そして、龍女の七面大明神に奉納演奏を

させていたくことができ、より一層、それが強く感じられるようになった。今、僕はあらためて、

ディジュリドゥの持つとてつもない神秘性を実感することが出来、歓喜している。

アボリジニの人々の間では、ディジュリドゥは聖なる先祖の男性のシンボルとされている。

日本では、木をよりしろに神のエネルギーが降りてくる、、、

ディジュリドゥは神さまが、居心地がよくて、宿っている。そんな気がするんだ。この夏の間に

体験したことの一瞬一瞬が、僕の音になり、祈りに繋がっている。本当にありがたい。

導いてくださっているエネルギーに、今の御縁に心から感謝しています。

ありがとうございます。    合掌。

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          2006年9月5日(3)

戸隠2

   

 

ライブの初日はネオンホールという場所だった。太田新之介さん作の床床柱に

雪堂先生の短柵をかけ、戸隠神社で、土地の神様にお願いしていただいた花を

生けた。名前はわからないけど、雪の結晶のような美しい白の花だった。好きな

花には好きな名を。金子みすずさんの言葉を思い出した。

僕は雪の精と名付けた。和ろうそくの明かりの中で見る白は本当に美しかった。

花のいのちに感謝した。

今回は、宗田悠さんというアーティストとのジョイントライブだった。ライブの模様は、

メールマガジンのライブレポートで、、、

初日はお互いソロをやり、最後に少しだけ、セッションした。数多くの楽器を奏でる、

彼の本質、根っこが、わかった。

翌日は、何も決めずにセッションとなった。UKI という地元 長野の女性三人の

ユニットも加わった。

二日目の場は、ヒーリングミュージックの故宮下富実夫さんのゲストハウス。

清らかな空間には、音がすでにある!そんな気がした。

周りの森に見守られながらの演奏は楽しかった。宮下さんのご夫人、リンダさん。

いい方だったぁ。あの場を分かち合えたみなさん。いい御縁でした。

素敵な時間を本当にありがとうございました。また、いつかタイミングの合った時に、

オアシスで演奏が出来たらと思います。

あらためて、宮崎さん。実行委員のみなさんに感謝です。深謝九拝。

みなさん。本当にありがとう。                     

                                                          KNOB拝

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          2006年9月5日(1)

君子可八

和の心の中で紹介した、この言葉。