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指針
若かった20代前半の時、僕に生きる指針を与えてくれたことがふたつある。 そのひとつが〔地球交響曲〕だ。僕が僕自身の中に眠っている深いものを思い出す きっかけになったんだ。 そして、もうひとつは、書の師である小野田雪堂という人間だ。 地球交響曲という映画の中で受けるメッセージ。それを生身の人間から感じられるの が小野田雪堂という人だった。 先生が好きだった言葉 〜語る人貴し、語るとも知らで、からだで語る人貴し、導く人貴し、 導くとも知らで、うしろ姿で導く人さらに貴し〜 本当にこんな方だった、、、 雪堂先生は、撮影の約五ヶ月前に旅立たれた、、、僕を含めた書のお弟子さんとの 熱海旅行の最中、自作の歌をみんなの前で歌い、歌い終え、そのまま亡くなられた、、、 先生は一緒に入った温泉で「ノブ、僕は今日は作った詩を三番まで歌うよ」と嬉しそう に話されていた。先生が作られた詩は何度か聴かせていただいていたが、三番まで 歌うというのは初めてだった、、、 その詩はこうだった 〜男に生まれて、この世に生まれて悔いはなし、、、〜 力強くそのすべてを出しきるように歌われ、歌いきり、拍手と感動の声援の中、静かに 倒れた。、、、その大好きだった先生が亡くなられた熱海から見える大島。 撮影の間中ずっと、雪堂先生からいただいたお地蔵さまの印をお守りに持っていた。 演奏するときにも必ず、祈ってそばに置いていた。大島を車で移動しながら、撮影隊 が風景を撮影していた時、ある場所にたどり着いた。 看板には、〔筆島〕と書いてあった!海から筆の先が出ているようだった、、、 僕は雪堂先生が今もこの宇宙のどこかで存在し、見守り導いてくださっているんだと感 じて、胸が熱くなった。 天河での奉納上映の時、天河での雪堂先生との思い出を少し話した、、、その話しの 後、プロデューサーのゆかりさんがふと僕に口にされた言葉。「ノブさんのあのシーンは 水墨画なんだ、、、」 小野田雪堂という人間は今、今、今に生きる人だった。雪堂先生の言葉で、僕の座右の 銘としている言葉がある、、、、、 〜この今をありがとうございます〜 沢山の感謝をこめて、、、 合掌 |
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