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神秘の体験 |
| 2006年3月27日午後、羽田発の飛行機で大島に着いた。
ホテルにチェックイン後、ロケハン(下見)に三原山火口に向かった。 何があるかわからないので、一応、何時でも演奏できる準備をしておいた。 撮影隊は龍村監督に助監督の谷さん。制作の西嶋さん。カメラマンの赤平さんに VEの千葉さん。AC吉田さん。録音の林さん。そして、現地大島から浅見さん、田村 さんが案内で参加してくださった。 普段は車では入れない所を4WDで登っていく。険しい道ですぐ横は崖。ほんの数時 間前とはまったく別の世界。車は品川ナンバーであらためて、ここは東京都なんだと 不思議な気持になった。 そして火口に到着し、監督が、少し音を聴かせていただけますか?と言われた。 三本持っていた中、イダキ(発祥の地北東アーネムランドのもの)と言われるものが 二本。ディジュリドゥを一本。その中の、木肌が出ていてペイントの途中のイダキ(完 成していないというのが、歩み続けるんだというメッセージに思える)ものを、御神火 と言われる三原山の神にご挨拶をする意味で吹かせていただいた。しばらくすると、 山の神が語るように、息吹くように白い噴煙が火口のあちこちから生まれはじめた。 景色ががらっと変わり、次元が変わっていくようだった。 KNOBさん、今すぐ吹けるか?監督が言われた。やってみます。 予期もしていない撮影が始まった。 撮影と言っても、メイクさんや衣装さんがいるわけではない。地球交響曲シリーズを 支えてきた最小人数のチームの人がいるだけだ。 観光の方もまったくいない。あまりの噴煙で撮影隊もよくみえない。僕は火口に座り 裸足になり三原山に断わり、足を体温を感じる三原山の地に埋めた。足の裏で、三 原山のいのちを力強く感じる。心臓の鼓動がそれに反応するように激しくなってきた。 呼吸を整え瞑想をしていると、KNOBさんお願いしますと声が聴こえた。 僕はこの地で、初めて吹く真っ黒のイダキに祈りをこめた(これはアボリジニのイダキ の神様と言われるジャルーが作られたもので御縁があり僕のところに来た) アボリジニの人々が永きに亘り大切にしてきた祈りの木笛の音霊に般若心経の言霊 をと祈りを始めた、、、半眼の中見える世界。熱く焼けた火口はまるで隕石のような色、 渦巻くように真っ白な三原山の息が空洞の筒に入ってくる、、、気付くと、最後のマント ラ、ギャーテーギャーテー、、、を奏でていた、、、 僕は空洞の木を置いた。顔は三原山の噴煙の蒸気でびっしょりだった。今のはなんだ ったんだろう?と思った、、、こういう感覚は初めてだった。どこかに行って帰ってきたよ うな、、、演奏している途中の記憶がない。僕が吹いていたのか、三原山が吹いていた のか?体だけ、唇だけが勝手に動いていた。そんな不思議な感覚だった。 龍村監督がよく言われる体のからだと言う意味は〈からっぽ〉のからだ。本当に何かが 僕のからだを通っていったような感覚だった、、、 撮影は終った。 今でも不思議な貴重な体験だった。あらためて、龍村監督から送られた撮影イメージを みると、噴火口の絶壁を吹き下って、白い噴煙を踊らせ、、、とある。 今回の撮影日数は下見の日を合わせて三日間。最終日は午前中だけの予定だから 撮影可能なのは二日間しかない。何カ月もかけ、撮りたい状況を待ち、その場が現れ たら撮影するというものではない。天河で監督が話されていたけど、制限のある中で 最大限のことをやらなければいけない。今までの地球交響曲には、人知を越えたような シンクロニシティが起きている。 誰かがこんなことを六番の試写会の時に話されていた。〜母なる地球はこの地球交響 曲のことをよく知っていて、サポートしているんだと、もっと言えば地球(ガイア)の意識が 龍村監督のからだを使って作らせているのかもしれない〜と。 大島初日は、生涯忘れることのできない一日となった。 |